第二章 いざ自然食レストランスタート

1 職住接近目指して引越

開店資金は7桁の借入金

そうこうしているうちに3年が過ぎ、店舗の契約更新の時期がやってきました。私は家と店を行き来していたので、例えば値札付けがもう少しで終わるという時も、夕方になったらご飯を作りに帰らなければなりません。ご飯を食べて子どもたちを寝かせてから店に戻り、仕事の続きをすることもありました。

また子どもが病気の時は店を休んだり(家にひとり残して仕事に行ったこともありましたが)。シングルマザーは基本ワンオペ。家と店が別で体ひとつは厳しい。仕事を続けるためには職住接近ならぬ職住同一が必須条件。更新を機に店舗付き住宅に移れたらと思っていました。

ちょうど通勤で毎日前を通っていた建物に、ある日突然「貸店舗」の張り紙が出たのです。ビルの1階に喫茶店とレストラン、2階は住居と事務所という4区画。できたら全区画、まとめて借りて欲しいということでしたが、2階だけを借りることにしました。

事務所のスペースを店舗にすれば、アジア雑貨を置けるし、ドアの向かいは住居なので通勤時間ゼロ。これならとても楽ちんです。すぐに契約しました。酒々井の店舗から移転することをお客様にお伝えし、店舗の造作を全て元に戻してから引越。店の後、自宅も引越しました。

その建物は1階のレストラン横の階段から2階の住居に行く形になっていましたが、レストランの正面はガラス張りで中がよく見えます。ある日、階段を上がる途中で、レストランが私に「お店をやってほしい」と言っているような気がしたのです。

元々直感だけを頼りに生きてきた私です。これは絶対私がやるべきだとひらめき、突然、1階も借りてレストランをやろうと思いました。私自身がベジタリアンで、玄米を食べていたので、玄米食をお出しし、フェアトレードのオーガニックコーヒーが飲める店にしようと思いました。

その場所は成田市の名刹宗吾(そうご)霊堂(れいどう)というお寺の山門前にありました。宗吾霊堂というのは江戸時代、飢饉が続き、幕府の年貢の取り立てが厳しかった時、救いを求めて直訴した義民佐倉惣五郎を祀っているお寺です。教科書にも載っている今の言葉で言えば「市民運動家のヒーロー」みたいな人です。

その方を祀っているお寺の向かいに住み、有機農家さんから野菜を仕入れ、国産の安心安全な食べ物をご提供するレストランを始めることになるなんて、不思議なご縁を感じました。

当時は飲食業を開業する時、150万円の保証金が必要でした。居抜きとは言え、レストランの中は壊れた冷蔵庫や蕎麦茹で釜、冷水機や油でギトギトのガスコンロなどが残ったままで、とても使える状態ではありませんでした。厨房機器や内装工事にもお金がかかりそう。もちろんそんなお金はありません。

商工会議所に相談したら、国民生活金融公庫から融資を受けることを勧められ、事業計画を作りました。私にとって生まれて初めて経営を意識して書いた事業計画書でした。飲食店などやったことがない私はランチの売上1日平均5万円、雑貨の売上3万円なんて、今思うと法外な売上を予測していました。

借入額は600万円。新規の借入は保証人を立てる必要があり、当時の彼に保証人を頼んだのですが、彼の事業にも負債があって認められませんでした。他の人にもお願いしたものの、保証人は万が一の時、負債を被るので余程の覚悟がないと受けられません。誰も見つけられず計画が頓挫しそうになりました。

その時、イベントでアジア雑貨を販売していた頃に知り合った女性のことを思い出しました。開業医の方でいつもシングルマザーの私のことを応援して下さり、よくカゴやスカーフを買って下さいました。保証人を頼んだ人には全て断られ(当然だと思います)、これがいよいよ最後のひとり。診療時間の昼休みに伺い、状況を説明してお願いしました。

 

👉『本気で好きなことだけやってたら人気古民家カフェができちゃった』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】「昨日、あなたの彼氏さんとホテルにお泊りしました」と言って、服を脱ぎ始めた女…「ほら」と体についた証拠を見せられ…

【注目記事】「今日だけ、お願い」——僕には妻がいたが、彼女のことを無我夢中で抱いた。キスをし、胸を吸い…

 

ゴールドライフオンライン(GLO)は、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン(GLO)編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp