第一章 ある教授の死
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それから三日後、沙也香のマンションに松風出版の沢田まゆみが訪ねてきた。
「沙也香さん、すみませんでした。わたしがよけいなことをしたばかりに、大変なことになっちゃいまして……」まゆみは自分の責任だと思っているらしく、神妙な口調でいった。
「ううん。まゆみさんが謝る必要はまったくないわよ」
「でも、沙也香さんの負担になるような仕事をしなきゃならなくなったんでしょう」
「そうね、負担といえば負担だけどさ。でも新しいジャンルの仕事をするっていうことになって、いまはなんだか燃えてきてるのよ」
沙也香は、ふふふ……と小さく笑った。
彼女が推理作家としてデビューしたのは、大学四年生のときだ。その当時彼女が書いていた小説は、推理小説というよりも、ありふれた日常的な生活の中で起きるミステリーじみた出来事を題材にしたユーモア小説というほうがあたっている。
陰湿な殺人事件を扱うようなものはほとんど書かず、明るく楽しいキャラクターが躍動して、日常のちょっとしたミステリーを解決して心を温かくする、といったストーリーが多かった。そんな内容が時間をもてあました若い女性の心をとらえ、また類希(たぐいまれ)な美貌が話題にもなって、若い新進女流作家の作品は、次々とベストセラーの記録を塗り替えていった。
だからすべての出版社は、彼女にそれまでと同じ作風で創作した同じジャンルの小説を期待し、依頼した。沙也香本人もまた、その期待に応えようと努力してきた。しかし最近は、そんな小説を書くことに物足りなさを感じることが多くなっている。