義姉が二月に千葉県から東京都に引っ越しをした。何かお手伝いできないかと家族で引っ越しの手伝いをする予定だったが、千恵の体調が悪く、逆に迷惑をかけてしまった。

「この辺りは、パパの会社にも近いし、駅近で、彩ちゃんが行く学校もずっと今より近くなるから、引っ越しするならこの辺りがいいな」と千恵は独り言を呟いていた。私は、

「だめだめ、都内に引っ越しする余裕なんて我が家にあるわけないだろ」と言ってはみたものの、羨ましい気持ちはあった。

その頃から、痛みで横になる時間が多くなり、食事を作るのもままならない状況となっていた。スーパーに行って出来合いのものや総菜を買って食べることが多くなった。手術を待っている時間は特に長く感じ、早く当日がこないものかと願っていた。

病気が見つかるまで、平日はほとんど家族三人で食事をしたことがない。残業や会社の人たちとよく飲みに行った。千恵は、

「飲むのも、仕事のうち」

と言ってくれていたので、飲んで遅く帰宅することに抵抗はなかった。千恵も上司によく誘われた。たまに早く帰宅する日は、誕生日やクリスマスなど、どの家庭でも大切にする日だけだった。

その生活が一変した。自分から誘うことはなくなり、誰からも誘われなくなった。後に、千恵から聞いた話では、娘は千恵に、

「パパ、変わったね」。千恵は

「私ががんになってしまったからだよ」

と返答したそうだ。少しの時間でも、今は千恵と一緒にいたかった。もし、病気ががんでなく、他の病気だったら、これほどまでに家族や家庭に尽力していただろうか? もし、数カ月後に完治すると分かっていたら、同じ言動をとっていただろうか? 

私は、家族がもっとも大切だと頭では分かってはいたが、私自身、家庭に入る隙間はなく、遠くから見物していたにすぎなかった。

その後、家事を少しずつ教えてもらうようにした。結婚前は母と実家で暮らし、全ての家事は母が行っていた。結婚後は千恵に家事を任せきりにしていたため、ご飯の炊き方も洗濯の仕方も知らない。

家事をすることは嫌いではなかったが、千恵が専業主婦だったため、率先してする必要はなく、しなければならないような状況にもならなかった。

 

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ついにがんの手術へ――「じゃあ、行ってくる」と言って、私の手を握った。不安でいっぱいな私とは違い気丈な振る舞いだった

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