「火事だ。「てる」を起こさなきゃ!」
思う間もなく火は布巾やタオルに燃え移り、ダイニングテーブルのビニールクロスに飛び火した。急いで右の窓に戻り、中を見た。先ほどと何も変わらない風景。「てる」はピクリとも動かない。
私は窓を叩いて叫んだ。
「火事だ! 火事だよ、「てる」! 起きて! ねえ、起きて! 起きろ!」
窓は頑丈にできているのか、叩いたくらいでは音さえしない。ガラスを割ったら気付くだろうか。私はホバリングしながら、右手を長袖の先でくるんで窓を殴った。
窓枠には掴まれるところがない。空中に浮いたままだから、腕を伸ばした反動で勢いがそがれてしまう。おまけに片手を使う一瞬で体は傾き、墜落しそうになった。バランスを崩しながらも二度、三度と繰り返す。その間も「てる」の名前と火事だと叫び続けた。近所の人に見つかってもいい。むしろ見つけて助けを呼んでくれ。
「てる」のいる部屋にも台所からの白煙がなだれ込み、炎もちろちろと舌を延ばし始めている。玄関はとっくに煙と炎に包まれている。私は落ちたり戻ったり上下しながら窓を殴り続けた。
「てる」が微かに動いた。小さく咳き込み、次に何度も咳き込んで目を覚ます。異変に気付いたようだ。短い髪が半転し、台所のほうを振り返る。間髪入れず「きゃああ!」と悲鳴が上がる。穏やかだった表情が、恐怖に変わった。火は先ほどまでよりは少し落ち着いたように見えるが、布団の端でくすぶっていた。
「てる」は玄関がすでに火の海になっていることを理解し、窓のほうを見やった。
「「てる」! そうだ、こっちだ!」
私はいちだんと強く、どんどんと打ち付ける。彼女が走って窓までやってきた。その顔は恐怖におののき、両瞳は涙でぐしょぐしょだ。こちらを見て何か短く叫んだけれど聞き取れない。あとは「助けて! 助けて!」と連呼している。「てる」は急いで鍵をはずし、窓を開けた。
次の瞬間、何が起こったのかわからなかった。耳をつんざく轟音がした。窓ガラスが割れて、私は噴き出した炎と共に猛スピードで放りだされた。
次回更新は9月23日(水)、11時の予定です。
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