一歩

登校途中の子どもたちの声が止み、静けさを取り戻していた。

美智子はそっとアパートの鍵を回す。

白い綿のブラウスに、はきなれたチノパン、ローファーの靴。よそ行きと言ってもアイロンをかけただけ。そんな美智子が都会でもすっきりと見えた。

誰にも会わずに通りへ出る。徒歩で三十分弱。

 

夫の孝介は美智子がパートに出ることに反対だった。由布子が学校から帰ったときに誰も居ないのは可哀想だと。

美智子もその気持ちは同じだけれど、田舎だったら近所は知った人ばかりだから話もできる。ここでは二人を送り出して家事を済ませたら、することがない。

田舎では畑の仕事、庭の手入れなど体を動かすことはいくらでもあったのに。狭いアパートの中でじっとしている生活を続け、このままでは窒息しそうだ、由布子を連れて田舎に帰ろうと思い始めたころ、花屋のパートの声をかけられたのだ。

その花屋は、店先に寄せ植えの鉢をいくつも置いている。蔓性のものや細い葉の美しい蘭の種類など、葉の形や色をうまく取り合わせてある。

田舎の庭だったらいくらでも作ることができる。こんなものが都会では好まれるのだと、美智子は通るたびに感心して眺めていた。

花屋の主人が、寄せ植えが好きなんだねえと声をかけてきた。

田舎の庭が懐かしくてと、美智子は笑いながら弁解した。

そんなことから話をするようになり、ちょうど人手が必要になっているから働いてみないかと言われた。子どもが気になるなら、市場から仕入れてきたものを、仕分けするところまででも良い。畑をやっていたなら植物の扱いは得意だろうからと。孝介には事後承諾だった。孝介も美智子の憔悴した様子に気づいていたから、反対はできなかったのだろう。

 

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