私の家から港プールと山手プールはほぼ同じ距離だったが、これまで山手に行ったことはなかった。
山手スポーツセンターは地域的にやや若い世代向けで、ジャグジーもないし、プールはレーンがレベルによって細かく分かれていたので、しっかり泳ぎたい人が行きたい施設と思っていたからだ。
だから港が休館しても山手に通うことはないと思っていた。彼に山手のシフトに入ると言われても、すぐにはピンと来なかったのだ。
その日更衣室で、時々同じ時間帯で泳いでいる女性に初めて話しかけられた。
港が休館の間、山手に行くかという質問だった。私が逡巡(しゅんじゅん)していると、その女性は毎木曜日の夕方に行くつもりなので木曜ならまた会えますね、と続けてきた。
港プールが休館中に山手プールに行くか行かないかという話題は、これまでもかなり更衣室で出ていた。
そして着替えを終えて、受付に入場時間が印字されたチケットを返すと、今度は昔からなじみの年長で古株の受付スタッフの吉沢さんが、港の休館中も自分は山手で夕方シフトで入るからいらっしゃいよ、と言ってきた。
行ったことがないので億劫(おっくう)だと告げると、知り合いがいる時間帯なら安心でしょ、とスタッフのシフト表をデスクに広げて、この時間帯ならいるから是非いらっしゃい、と続けて彼女のシフトの説明を始めた。
ふと見ると受付スペースの後ろのガラス張りの向こうで、「金魚鉢」から何を受付で揉めているのだろうか?と怪訝そうに見ている彼がいた。
熱心に表を指して説明している吉沢さんの背中越しに、私は思わず彼に向かって両腕を大きく広げてバイバイを送った。すると彼が金魚鉢のデスクから身を乗り出して、同じく大きく伸ばした両腕を左右に振ってバイバイを返してきた。
この時いわゆる矢が飛んできて私に当たる、ということを実体験した。
彼が大きく両腕を広げてバイバイする矢が私に向かって放たれて、放物線に飛んできて、私はこういうことなのかと感動しながら、三十歳以上も年の離れたライフガードにまっすぐに私の中心を射抜かれた。