第一章 LG

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水面(みなも)は壁面のターコイズブルーで溢れる青に、いくつもの白いシーリングライトの光を受けて、不連続なまだら模様で静かに揺れている。プールの水面はあくまでも有限の中で規則的なリズムを刻みながら、泳者の身体の動きに合わせてその波を紡いでいる。

更衣室から遊泳場に入り、ぐるりと場内を見渡し、今日はいないのかと思ったが、スタッフルームから唐突に彼は出てきた。前のめりに足早に歩くのはいつもの彼の特徴だ。

今日も港ヘルスクラブ・屋内プールのライフガード(LG)のユニフォームである黒のTシャツに、自前の黒のショーツをはいている。そしてTシャツの下には手首まである長袖の黒いアンダー。アンダーを着ているのはLGの中では彼だけで、肌を見せないそれが、かえって実務的でクールな印象を与えている。

この区民施設である港ヘルスクラブは、大小の屋内運動場の他に二十五メートルの温水プールを備えている。地下二階への階段を下りると正面に受付があり、受付の後ろには全面ガラスの引き戸で仕切られた屋内遊泳場(プール)が、北に向かって全体像を見せている。

西側に水中ウォーキングエリアと、浅瀬の流れるプールを一体の水で併設している五レーンのメインプールだ。プールサイドを挟んでさらに左手にはスタッフルームを兼ねた放送ブースがあり、その奥には採暖室と、隣にはジャグジー、クアスペースも備えられている。

やや古びてはいるものの、区民プールにしては十分な施設で、長年丁寧に保全されてきた屋内遊泳場だった。

私はプールサイドの水飲み場の鏡の前で、ポニーテールを小さくまとめて白のスイミングキャップにくるみこみ、水中ウォーキングエリアへ向かう。まずはウォーキングで身体を水に慣らして、脚の筋肉を鍛えるのがいつものルーティーン。

ここでゆっくり歩いていると、ライフガード(LG)のローテーションの一つ、プールサイドでパトロール中の彼がウォーキングエリアに近づいてきた。

不自然でない距離に近づいたところで視線を上げて、目の合った彼ににっこりと挨拶をすると、彼もはにかみ気味の笑顔で挨拶を返した。

この港ヘルスクラブで挨拶をするLGはあまりいない。二十~三十代前半の若者と思われるLGたちは、その存在を消すかのようにプールサイドでは目を合わすこともなく、無表情にパトロールを淡々とこなしている。受付にたまたまいて挨拶をする時でさえ、笑顔を見せるLGは少ない。