【前回の記事を読む】腕を引くと、黙ってついてきた…個室トイレの鍵をかけた瞬間、理性は消えて――“余韻”の中で唇を重ねると、彼女の目には涙が浮かんでいて……
邂逅
唇を離したあと装いを元に戻し、この秘密が誰にもバレてないと、完全犯罪を成し遂げた共犯者の様に2人は満ちたりた笑みを浮かべていた。
女はうっとりとした潤(うる)んだ瞳で正春の顔を静かに見つめている――。そして人差し指で頬の疵痕を不思議そうなあどけない眼をしてなぞっているのだ。
今迄付き合ってきた女なら、自分から疵に付いて何か語るまでは敢えて気付かないフリをするのが常(つね)でもあったので、この時自身が持つ長年(ながねん)のコンプレックスが一気に薄れていくのを感じるのだった。顔の疵など、この女にすれば別に如何(どう)ってことないんだと。
少しして2人は冷静さを取り戻す。普通に考えて店内での性行為は禁忌事項(きんきじこう)なので、余り長い間ここに留(とど)まっていてはヤバイと思い、正春は先ずここから女を退出させるべく出入口方向を指で差してみたところ、直ぐに女は何事も無かったかの凛(りん)とした表情に変わり、 躊躇(ちゅうちょ) なく鍵をスライドして開けた。
そしてタイルの床を歩いて行くピンヒールの小気味いい靴音が聞こえたかと思うと、その後ドアの開閉音が続いた。――女は誰かに一切見られる事無く悠然(ゆうぜん)とこの場を乗り切った(こういった時の女は男よりも強(したた)かだ)。
その後このまま待機して時間差を作るのだが、その間に何人か出入りがあったようだ。廻りの物音を確かめ、人の気配が無くなったタイミングでここから出る。しかし考えてみれば、男が男のトイレにいても何ら問題はなかったことに気付き、思わず一人で笑ってしまった――。そして素早く髪を整え、仲間が待つホールへと戻って行く。