ジャカルタに赴任して

2004年4月3日、インドネシア・ジャカルタの空港へ着陸した。これまで耳にしたことのない言葉、英語とは異なる発音と意味のアルファベットが壁中に敷き詰められていた。生暖かい風が顔を撫で、嗅いだことのない臭いに囲まれた。

空港ゲートから一歩外に踏み出すと隙間のないほどの車の渋滞、鳴りやまぬクラクションが響き渡る。タバコ売りやいかがわしそうなモノ売りがこっそり耳打ちしながら寄ってくる。好奇心と恐怖感に満ちたインドネシアでの時間が始まった。

空港出口には現地クリニックの日本人スタッフとインドネシア人の運転手さんが待っていてくれた。これまで暮らした日本の世界とは全く異なる空間へ脚を踏み入れた。

入居するアパートは後日に爆弾テロに遭遇することになるオーストラリア大使館の傍だ。部屋は3階、建物の周囲は緑の木々が多いが蚊も多い。マラリアやデング熱は大丈夫か? 帰宅したら部屋全体に蚊取り線香を焚いたが、それでも“ぷーん”と寄ってくる。

次の朝の夜明け前にはイスラム教の祈りの音楽と共に再び“ぷーん”と寄ってくる。毎朝がほぼ定時に飛んでくる蚊と音楽が目覚まし時計だ。おかげで早起きの習慣が付いた。こうしてジャカルタの日々は始まった。

勤務するジャカルタジャパンクラブ医療相談室のあるMedikaloka Health Care Centerはアパートから徒歩で20分。徒歩でも通える距離だが道中が危険だからと運転手さんが対応してくれた。早速仕事だ。勤務するインドネシア人医師と一緒に診療を行いながら邦人患者さんへの病状説明や検査結果の説明、医療通訳やアドバイスから始めた。

多くは日本と同様の生活習慣病、整形外科疾患、呼吸器感染症、消化器感染症、小児では持病や気管支喘息などだ。空気が汚れているため「気管支喘息が悪化した」と訴える患者さんが目立った。熱帯地域特有のデング熱(1)、腸チフス(2)、アメーバ赤痢(3)、マラリア(4)など日本では鑑別診断にもなかなか出てこないような病気を心配して受診する患者さんもいた。

患者さんと同様に日本との文化の差、気候の差、生活環境の違い、医療制度の違い、言語の違いなどから初めは戸惑いもあった。