第2章 ジャカルタでの3年間
日本の病院で臨床医として続けるのか、途上国での医療活動へ飛び込むのか悩んでいた。そんな折、(財)海外邦人医療基金と巡り合った。
インドネシアのジャカルタで2004年〜2007年まで臨床医として活動する機会を得た。衣食住習慣や宗教も異なる国での活動は当初、たやすくなかった。しかし在インドネシア日本大使館医務官やインドネシア人同僚の励まし、現地邦人スタッフの皆さんのサポートを受けながら無事に3年間を活動できた。
さらに日常診療に加えて現地で発生した巨大地震や大雨洪水における医療ボランティアとして活動し、災害医療について多くのことを深く考えさせられた。
ジャカルタで三年間の勤務を終えた後、静岡の病院で勤務した。地震発生や津波被害など災害医療にも力を入れていた病院で、優しい院長や同僚にも恵まれた。しかし3年後、再び海外邦人医療基金から依頼があった。
フィリピン・マニラ日本人会付属診療所での医療環境改善、経営立て直し等を目的にフィリピンへ行ってくれないかとの依頼だった。協力隊で自分の道を切り開くことを授けてくれた第二の故郷の地フィリピンで、今度は医師として貢献できるのではないかと思った。