天命思想
儒教においては、「天」は人間の能力を超えた偉大な存在と考えられ、「自然または宇宙」への畏敬(いけい)の念の表れとも解される。「天」の思想は、北極星が天空で位置を変えないことに神秘性を見出したことから着想された。
地球の自転軸の延長線上に北極星が位置することがその理由であるが、「天」の思想が生まれた中国最古の王朝である夏(か)王朝(紀元前2070年頃~紀元前1600年頃)の時代には「地球の自転」は人知を超えていた。
夏王朝に続く殷(いん)王朝(紀元前1600頃~紀元前1046年頃)、周王朝(紀元前 1046年頃~紀元前256年)へと「天」の思想が受け継がれた。殷から周への王朝の交代は、「天命」によるとして正当化されている。
ここで、周の武王(生年不詳~紀元前 1043年)が殷王朝の第30代紂(ちゅう)王(生年不詳~紀元前1046年)を倒して周王朝を建国したことを正当化するために、以前から「天」の思想があったと主張したとの解釈がある。
「天」の思想は、天(天帝)から有徳の君主に与えられる「天命」が、徳の喪失により「易姓(えきせい)革命」として新たな君主に移るというもので、孟子によって体系化され、王朝交代を正当化する思想となった。
時代が下るにつれて、「天命」は有徳な君主のみが受けるものから、それ以外の個人も受けると考えられるようになっていった。孔子、孟子は自らの「天命」を認識していた。
そして、この「天命思想」は、第15代の応神天皇の招きで、5世紀初頭に朝鮮半島の百済から王仁(わに)(生没年不詳)が来朝した際に、漢字の例文として『論語』がもたらされたのを契機に日本に伝わった。その後、「天命思想」は、日本で脈々と生き続ける。
本書でも随所に登場し、2025年現在でも「人事を尽くして天命を待つ」などのように生き続けている。この「天命思想」の基礎となる「天」の思想は、『論語』という儒教の経典と共に日本に伝えられたことは強調しておきたい。