手首のリストバンドには『カトウ タイチ』と刻まれていた。
俺の記憶では『シンクロ』は、余命わずかな患者の終末期ケア用アプリだった。ということは、俺の命ももう残りわずかだというのか。
これもシミュレーションなのか? まさか朱莉や心春さえ存在しないのか?
「なぜ、俺はここにいる?」
そう問うと、看護師は色褪せた一枚の写真を指差した。
「加藤さんはずっと独身で、ご家族もいらっしゃらなかった。お仕事も、工事現場を転々とされて……。でも、どんなに辛くても黙々と真面目に働かれていたそうです。お見舞いに来た元同僚さんが話してくれました。
ただ、この数か月で病魔は急速に進行して、とても苦しそうでした。終末期の胃がんです。医師の見立てでは、長くは生きられないと」
写真を渡されると、そこにはヘルメットに汚れた作業着をまとった、六十代くらいの『俺』が写っていた。
いや、これは現実ではない。この孤独な病室も、終末期をシミュレーションした虚構に違いない。
ふと娘の言葉が脳裏に蘇った。
「ある事象に対して、生成AIと会話しながら、本来の目的に導くシミュレーションをしている」
俺は「AIが出した結果をどう使うか、それが問題だ」と答えた。俺はAIが示した『幸せな人生』を、ただ浪費してきたわけじゃない。現実の孤独や痛みから逃げるための麻薬でもない。まだ、その本当の目的に気づいていないだけだ。
俺は静かに目を閉じた。次に目覚めるのはどんな世界なのだろうか。
今はただ、目覚めることそのものが恐怖だった。
いや、そもそも両腕に端末をつけていなかった気がする。
もしかして、これこそが単なる夢なのでは?
確かめる間もなく、意識は闇に落ちていった。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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