【前回記事を読む】研究ばかりで患者には興味ナシ…のはずが、内視鏡での切除だけは自ら執刀したがる医師。専門外なのにと不思議に思っていると…

1章 反骨

「大学教授ねぇ……」

優は顔をしかめながら、ジョッキの中の泡を見つめた。

遠藤徹一郎は、濃い目に淹れたコーヒーをひと口すすり、広げた経済新聞に目を走らせていた。新聞の一面には北海道の地方銀行の経営悪化が大々的に報じられていた。

徹一郎は、東都大学医学部を卒業後、第一外科、現在の消化器外科に進み、胃外科を支える中核メンバーとしてキャリアを積んできた。助手から講師へ、そして40歳で准教授。今は、優や力弥の母校である順和大学の第一外科主任教授を務め、手術・研究・教育を同時にこなしている。昨年からは病院長の職も加わり、その多忙さは常軌を逸していた。

それでも、いつ見ても完璧なオールバックに、夏でもパリッと糊のきいたシャツとコーディネートされたネクタイは崩れない。それが彼の普段着だった。

「……あいつと? 今は一体、何をやっているんだ?」

優の話題になると、決まって「あいつ」と呼ぶのが徹一郎の癖になっていた。立ち上がろうとしたが、妻の良子(よしこ)が引き留めた。

「この前、久しぶりに電話があってね。元気そうだったわよ。本院で内視鏡、けっこう頑張っているみたいよ。内視鏡室で一番だって、うれしそうに話してたのよ」

「ふん。どうせ内科の中でって話だろう? そんなもの、全く褒める価値もない。今の東都大の内視鏡は、東が教授になって、あんな研究バカが治療するようになってから崩壊寸前だ」

「そうかもしれないけど……そろそろ、ちゃんと話をしてみたら?」

良子の口調は穏やかだったが、その目は揺るがなかった。二人目の孫の七五三を控え、スケジュールの相談が来ている。良子としては、どうにかして今日のうちに徹一郎の予定を押さえておきたかった。

「話す? 何を? あいつと話すようなことなんてない!」徹一郎はぶっきらぼうに答え、さっさと玄関に向かった。

優は、かつて東都大学医学部を目指していた。だが成績が伸びず二浪の末に私立の順和大学に進学した。

受験勉強に悩む優のことを、徹一郎は責めるでもなく、ただそっと見守った。当時の徹一郎のまなざしには信じて待つ優しさがにじんでいた。大学卒業後の進路に東都大学の医局に入ると聞いて内心喜んでいた徹一郎であったが、入局先が消化器外科ではなく消化器内科と知ったとき愕然とした。

消化器内科、それも内視鏡。消化器内科は何か都合の悪いことが起こるとすぐに外科をあてにする。いつもは勝手に治療をして知らん顔、上手くいかないと平身低頭お願いする。

その姿勢、その態度に、徹一郎は「そんな無責任なら内科医が治療なんてするな。外科が内視鏡治療をやればいい」と常に言っていた。消化器内科、特に東内科は徹一郎が東都大学で最も軽蔑していた領域だ。