【前回記事を読む】「俺が見つけたのに、なんでだよっ!!」主任教授は"ある時期"から、内視鏡の症例を独占するようになった。その真意とは…
1章 反骨
「で、実体顕微鏡での所見はどうだ?」
質問というより、詰問に近い。
「この方向が前壁(ぜんぺき)で、このマークが後壁(こうへき)だから……」
独り言を呟くと口調を変えて、
「検体の再構成はもっと正確にやるように。分割切除にはなったが内視鏡的には完全切除だ。経過も良い。患者にとっては安全が一番」
東は「次の症例」と言い放った。それは議論の打ち切りを意味していた。
雨上がりの夜に、優は後輩の後野力弥(ごのりきや)を誘って駅前のホルモン屋にいた。店内には流行りのシンセサイザーのビートの効いたダンスミュージックがかかっていた。大学から一駅隣。昭和の面影が残るこの店は、いつもサラリーマンで賑わっている。不愉快なことがあった時は、どちらからともなく二人でこの店に集まった。
力弥は優の3年後輩で、かつて同じ順和大学野球部で共にプレーした。サードで四番だった優とショートを守る力弥は、いわゆる名物コンビだった。
大柄で天然パーマの野性的な優を、端正な顔つきでサラサラヘアの知性的な力弥がバックアップする三遊間は今でも語り継がれるほどだ。卒業を控えて消化器外科と迷っていた力弥を、優が消化器内科に強引に誘った。それから6年が経った。
「今日の症例、また五分割だぜ? 本当に頭にくる。だって俺が見つけた病変だぞ」
優は飲み干したジョッキをたたきつけた。
「スーさんが怒るのもわかりますけど。あれ、けっこう難しい病変ですよね」
力弥は焼き上がった牛タンを優のレモン汁の皿にそっと置いた。