自分の息子と、同じ外科医として腹を割って語り合い、一緒に酒を飲む。このささやかな夢を、息子は無自覚に踏みにじった。徹一郎はその瞬間、心のシャッターを閉ざした。もう何年も一緒に食卓を囲むこともなくなった。
「とにかく今は忙しいんだ。また今度にしよう」徹一郎はそれ以上の会話を避けるように玄関を出て、迎えの黒塗りの車に乗り込んだ。クーラーの効いた車内で、新聞に目を落としながら、吐き捨てるように呟いた。
「内科医に、何ができるというんだ!」
医師達にとって秋など一瞬である。11月になると冷たいビル風が階段を吹き抜ける。特に朝の時間帯は体感温度が低い。白衣は防寒具としても欠かせなかった。
優や力弥ら医局員たちは、息を切らせながら病棟の外階段を駆け上がっていた。教授回診は2号棟の5階から始まり、6階7階と順に病棟を巡っていく。エレベーターを使えるのは東と幹部クラスの医局員だけ。それ以外の若手たちは、暗黙のルールとして屋外の非常階段を使わなければならなかった。
ナースステーションの中央には、いつものように東教授が椅子に座り無表情で報告を聞いていた。
「次の患者」
医局長の合図で、1人の医局員がオロオロと前に出た。
「すみません、よろしくお願いします。83歳の女性です。早期胃癌に対して半年前にEMRを施行しております。今回フォロー中に再発が確認されました。現在、術前検査を進めており、本日内科外科合同カンファレンスに提出予定です」
「再発ね、83歳で手術か。なかなか大変だな」
優はそう呟くと、再び自身のプレゼン用資料に意識を集中させた。
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