【前回の記事を読む】1990年、崩壊寸前のソ連で過ごした経験──超大国が終わる時、何を見たのか。モノ不足、KGBの気配、ソ連人女性との出会い…

高速道路の上のバカ

あるときスナックなどがいくつも入っているビルの前にパトカーが赤色灯をクルクルまわして停車していたので「なにかあったんですか?」と聞くと「いや、なにかあるねん」と言っていた。私はその時に抑止力というものを学んだ。

これはその生野警察の人に聞いたのだが、当時、生野区の青少年の犯罪件数はニューヨークのブロンクスの青少年の犯罪件数よりも多いと言っていた。たぶん嘘だろうと思うがそれぐらいガラの悪い地域であった。

その会社は米屋といってもファミレスなどの外食産業にお米を卸している会社で社員も15人ぐらいいるところだった。社長は右翼団体の運営にもかかわっていた。右翼団体を運営というのかどうかはわからないが。「右翼団体って言うな。政治結社と言え」とよく我々に言っていた。

そこでトラックに乗って米を配達したり営業みたいなこともやっていた。同年代の社員が多かったので彼らと夜な夜な飲んでバカ騒ぎすることも多かったし週末にはサーフィンにあけくれていた。

大学時代からつきあっている彼女とも仲良くやっていてそれなりに楽しかった。これがよくないのである。日々は鬱々としたものではなくそれなりに楽しいのである。だから変わるきっかけがないのだ。

でもなぜか時々滅入ってしまう時を感じていた。サーフィンの帰りみんなを降ろしてひとりになった時、彼女を家まで送り届けてひとりになった時、なぜか滅入った気持ちになっている自分に少し気づいていた。

舌打ちと溜息が多くなっていた。いつも少しイラついていた。いま思えば将来に対して漠然とした諦めみたいなものを弱冠22歳で感じていて世の中を斜めに見ていたのかもしれない。

そんなある日、米の配達で阪神高速をトラックでかっ飛ばしていた。喫茶店で1時間サボっていたから次を急いでいたのである。

大阪の人はおわかりいただけると思うがちょうど御堂筋の本町のあたりに東大阪線と環状線がクロスしているところがある。環状線の上に東大阪線が通っている箇所がある。

そこにパトカーと警察官がワラワラいて高速道路の上で旗を振って「とまれ! とまれ!」とやっているのである。振り回してる旗にちゃんとでっかく「止まれ」と書いているのである。なんだ? ネズミ捕りならヤバいなと思いとりあえず止まった。

旗を振り回していたその警察官が運転席に来て

「申し訳ございません。いまから10分後に下を皇太子陛下と皇太子妃がお通りになられます。それまで少しここで停車をお願いします」

なるほど。下の環状線を通る皇太子陛下と皇太子妃の車になにかするのにはもってこいの場所なのである。

ひょっとしてそんな予告のようなものがあったのかもしれない。

「いやいやコッチは急いどんねん。行かせろ。オレ一台ぐらい問題ないやろ」

「すいません。ほんと10分です。10分だけ停車お願いします」

「嫌じゃ。こっちは仕事しとんねん! オマエ、オレの仕事の邪魔するなよ」