「地獄の一丁目」

「地獄の一丁目……」

「ええ。人のためにやってきたつもりが自分のためだった、なんていうことも多いの。この世では善人でも、霊界では善人とも言えないの」

「それだけで地獄行きですか……」

——なら、レイラを守れなかった自分はまっすぐ地獄だ。

「いや、一丁目は入り口よ。地獄は闇だけど、一丁目には薄明かりはあるわ」

「そこでどうなるんですか」

渋谷の手前は渋滞だ。でも、赤道の話で渋滞が気にならない。

「自分がなぜ天上界にいないか考えるの。生前、何か間違ったかなって」

「なるほど」

「理由がわかって反省したら、天上界からお迎えが来て上がっていけるの」

じゃあ、反省できなければ地獄へ一直線ということだろうか。

死んだ自分が真っ暗な地獄へ墜ちて行く。善人なおもて往生を遂(と)ぐのならば、自分こそ天上界へ行くべきだ。この世の苦しみでは足りないというのか。

「なかなか、厳しいですね」

「まあ、あくまでも私の理解よ」

車は明治神宮前で右折車線に寄せた。表参道に入るこの交差点は今日も人が多い。街路樹の若葉の隙間から光が落ちてくる。

「あなたの体格なら、もっと広いのがいるんじゃない?」

赤道は座席を手でさすっている。そういえば、この車の話をしていたのだ。

「よく言われます」

「柔道?」

「いえ、ラグビーです」

「へえー、走れるの」

麻田は一八〇センチ、九十五キロある。これでも学生時代から二十キロは痩せたが、腰回りの肉は落ちず、体型だけを見れば足は速くなさそうだ。

「プロップというポジションなんです。走るより、スクラムが専門で」

「ああ、押す人ね、なら、いいわね」

赤道のおっとりした口調は嫌味がない。むしろ、母親が息子を気遣うような空気だ。

次回更新は9月1日(火)、11時の予定です。

 

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