――世の中、人と人との付き合いが少なくなったなあ。
進一はぼんやりと世情を思った。
インターネットが普及し、便利にはなったが、人と接する機会は着実に減った。
それに、人の心は脆(もろ)くなった。ネットの恩恵に浸り過ぎて他者から離れている時間が長くなると、いざ他人と関係性を築こうとする時に億劫になる。
それが募ると傷つくことに耐性が無くなり、そのリスクを負ってまで人間関係を構築したいとは思わなくなる。
進一は新聞をテーブルに置き、窓の景色を見た。
――そういえば、俺って今、初音しかしゃべる相手がいないな。
瞼(まぶた)の裏に、長年連れ添った同い年の妻の顔が浮かんだ。進一と初音は二十四歳の時、図書館で知り合い、翌年結婚した。
付き合っている頃の初音は楚々として何事にも恥じらい、三歩下がって夫の影を踏まずというタイプに思われた。だが、結婚生活が始まってみると猫を被っていたのか、実は社交的で活発、感情表現のはっきりしたさばさばした女性だった。
根澄家は子宝には恵まれなかったが、夫婦はそれを悲嘆することなく、ただひたすら、それぞれの「今」を生きた。
現役時代、進一は毎日あくせく働いた。「仕事さえちゃんとこなしていれば、他人様から後ろ指を指されることはない」それが親の教えだった。そのせいか、進一は仕事以外に何か別の喜びを求めることもなかった。
一方、初音は進一の給料がそこそこあったので働く理由も無く、友達と地元のサークル活動に参加したり、旅行に行ったり、いろいろ忙しそうにしていた。初音は「人生は一度きり。楽しまなきゃ損」という哲学の持ち主だ。
進一も初音も社交的な性格で、一見すると仲の良い夫婦に映る。だが現実には、普段全くと言っていいほど会話が無い。まるで家庭内別居だ。もちろん、夫婦の営みなんてあろうはずもない。
やがて進一は定年を迎えた。仕事の無い新たな生活の始まりに、胸がときめいた。しかし、初音にとっては金を持ってこない老いた男がひねもす家にいるという不快な時間の始まりだった。その苛立ちは彼女の行動に如実に表れた。
ある時は掃除機で頭髪を吸い上げられ、ある時は騒音と呼ぶに相応しい歌声でテレビを邪魔され……。
――駄目だこりゃ。
関係を修復するとか、夫権を回復するとか、もはやそういうレベルではなかった。
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