(真由美さん。はじめまして。藤乃屋の今の女将の、よし子と申します。あなたが愛したこの旅館を、ご家族を、これからは私が、しっかりお預かりします。雅彦さんが、たくさん笑えるように。どうか、見守っていてくださいね)

秋の風が、やわらかく墓地の木々を揺らした。よし子には、それが、真由美の「ありがとう」のように思えた。

その翌日、藤乃屋の仏間。正志の写真の隣に、真由美の小さな位牌が並んだ。

雅彦は、正志の写真の前にもきちんと座り、深く手を合わせた。

「正志さん。よし子さんを、大切にします。あなたの分も、ずっと」

その背中を見て、よし子の胸は熱くなった。

その夜、二人は裏手の露天風呂に入った。湯けむりの向こうに、月が浮かんでいる。

「俺たちは、ずいぶん、荷物の多い夫婦だな」

雅彦が、ぽつりと言った。よし子は、笑った。

「ええ。でもその荷物も、二人で半分ずつ持てば、きっと軽いわ」

「ありがとう、よし子さん。真由美を迎えてくれて」

「ありがとう、雅彦さん。正志を迎えてくれて」

雅彦が、よし子の頬にそっと触れた。月明かりと湯けむりのなか、二人は静かに唇を重ねた。

(人生の後半に入って、私はもう一度、誰かを好きになれた。亡くした人の面影ごと、まるごと抱きしめてくれる人に出会えた。遅すぎることなんて、何もない)

よし子は雅彦の肩にそっと頭をのせた。山の秋の夜が、二人をやさしく包んでいた。

『愛され未亡人の、湯けむり恋物語』
番外編 3「倒れた夫と、もう一度の湯けむり」 ―完―

 

 

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