【前回記事を読む】着物と一緒に大事そうに仕舞われていた写真…映っていたのは、まだ若い夫と美しい女性。そして2人の間に幼い男の子が…
亡き妻の面影と、ふたりの湯けむり
あなたの過去ごと、好きになる
真由美の命日の夜は、いつもよりずっと静かだった。
夕食の後、二人きりになった離れで、よし子は長いあいだ迷った末に、とうとう、こらえきれずに口を開いた。
「雅彦さん。私……ずっと、聞けなかったことがあるの。雅彦さんが毎朝、真由美さんのお墓に通っていること、知っていました。あとをつけてしまったの。ごめんなさい」
雅彦の目が、かすかに見開かれた。
「責めているんじゃ、ないんです。亡くなった奥さまを想うのは当たり前のこと。私だって、正志を想っています。なのに……どうしても、寂しいの」
涙が、あふれてきた。
「私は、真由美さんの代わりに、この旅館にいるんじゃないか。雅彦さんの心の中に、私には決して入れない部屋が、あるんじゃないか。納戸で、真由美さんが女将の着物で玄関に立つ写真を見て……私は、あの人の場所を、借りているだけなのかなって」
よし子は、その場に泣き崩れた。
雅彦は、しばらく何も言わなかった。やがてゆっくりとよし子のそばに来て、その手を、大きな両手でそっと包んだ。
「……すまなかった。俺は、ずっと、間違えていたのかもしれない」
雅彦は、静かに語りはじめた。
「真由美が亡くなった後、俺は藤乃屋から真由美のものを片づけて、仏壇も寺に預けた。薄情に聞こえるか? でも、違うんだ」
「君と、もう一度所帯を持とうと決めた時、いちばん怖かったのは――君に、真由美の影を、踏ませてしまうことだった」
雅彦の声が、わずかに震えた。
