藤乃屋には、真由美の仏壇がない。先代の女将だったのに。だから雅彦は毎朝、山の寺まで通っているのだ。

(どうして……どうして、真由美さんを、この家に迎えてあげないの? 隠しているの? それとも――私に、遠慮しているの?)

考えれば考えるほど、分からなくなった。

一方、雅彦もこの頃のよし子の様子がおかしいことに、気づいていた。

ある夜、雅彦はよし子の顔をそっとのぞき込んだ。

「よし子。この頃、元気がないな。どこか具合でも悪いのか。……それとも、俺が何か、悪いことをしたか?」

その声は、心から、よし子を案じていた。

「ううん。なんでもないの。少し、疲れているだけ」

よし子は、そう言って、微笑んでみせた。本当のことは、言えなかった。言えば、雅彦を困らせてしまう気がして。

(ごめんなさい、雅彦さん。私、あなたに嘘をついている)

そして――真由美の、命日が来た。

その朝も、雅彦はまだ暗いうちに、ひとりで出かけていった。

よし子は、桐箱から取り出した真由美の写真を手に、窓辺に立っていた。山道を歩いていく雅彦の背中を、ただ見送ることしかできなかった。

「私も、ご一緒に、お参りさせてください」

その一言が――どうしても、言えなかった。

 

 

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