二人のあいだに流れる、温かい思い出の時間。よし子は、その輪の中にうまく入れない自分を感じた。

(私は、この家族の思い出の中には、いない。当たり前のことなのに……どうしてこんなに、せつないんだろう)

その夜、よし子が一人で洗い場にいると、大輝がそっとやってきた。

「よし子さん。……母さんのこと、気にしてる?」

よし子は、はっとした。

「父さんね」と、大輝はやわらかい声で続けた。「母さんが亡くなってから、何年も笑わなかったんだ。その父さんが、よし子さんと一緒になってから、また笑うようになった。声を上げて笑うようになったんだよ。俺、それが本当に嬉しいんだ。だから――よし子さんは、よし子さんのままでいてくれたら、それでいい」

よし子の胸に、温かいものが広がった。

(大輝くん。ありがとう)

それでも――心のいちばん奥にある不安は、まだ消えてはくれなかった。

数日後のことだった。よし子は客室の模様替えのために、奥の納戸を片づけていた。

棚のいちばん奥から、古い桐の箱が出てきた。ほこりを払い、そっと蓋を開ける。

中には女将の着物が一枚、丁寧に畳まれて入っていた。そして、何枚かの古い写真が大事そうに仕舞われていた。

一枚は、家族写真だった。今より、ずっと若い雅彦。優しそうに微笑む美しい女性。そして、その人に手を引かれた幼い男の子。三人が、藤乃屋の玄関の前で笑っていた。

もう一枚は――その女性が、女将の着物を着て、藤乃屋の玄関にすっと立っている写真。

よし子が毎日、お客様をお迎えするあの場所に。

よし子は、その写真を長いあいだ見つめていた。気づくと、涙が頬を伝っていた。

それは、嫉妬とは少し違った。もっと、しんと寂しくて、せつない涙だった。

(真由美さん。あなたは、この旅館を、このご家族を、心から愛していらしたのね。そして雅彦さんも、あなたを心から……)

そのとき、よし子はふと、あることに思い至った。