【前回の記事を読む】「まずい」と思った。酒に酔った父が、遠足の時買った“あるもの”を持ち出してきて…気が付くと〈あれ?いつ、こうなったんだっけ〉
第一章 逃走
この数カ月というもの、私は毎日父さんが繰り出すパンチやキックが急所や顔に当たらないように避けるのがとてもうまくなっていた。そんなことがうまくなったからって、十七歳の女子高生には必要がないことのはずだけれど。
すると、間髪入れずに父さんは右手で振り上げた木刀を、倒れた私にめがけて振り下ろしてきた。咄嗟(とっさ)に私が右へ転がって逃げたから、台所の床のクッションフロアがグジャッとへこんだ。父さんは空振りして自分の手が痛かったらしく一層頭に血が上ったようだ。
私は何とか体勢を四つん這(ば)いに立て直して身構えたけれど、あれが頭にでも当たっていたら、多分死んでもおかしくない。父さんの目は完全にイカレていた。父さんはすぐに左手に木刀を持ち直して、また振り上げてきた──。
次の瞬間、木刀が台所の入口から左手にあるソファーのほうへ逃げた私を打つつもりが肘掛けを打ち、肘掛けは斜めに歪んで本体から外れて情けなさそうにずり落ちた。
〈父さん、これって本気じゃん。今日は一段と破壊力あるねぇ〉
肘掛けはいびつに歪み、もうここで暮らすことをあきらめなくてはならないと私に教えているようだった。父さんは再び木刀を振り上げてきた。〈もう、こりゃダメだ。木刀に当たる前に逃げ出さなきゃ殺(や)られる〉
すぐさま私は開いていた台所の入り口をすり抜けて二メートルぐらい先の玄関へ走り、スニーカーを突っ掛けて家から走り出た。もう振り返らなかった。十一月のひんやりした空気が上着を着ずに出てきたことを後悔させたけど、そんなことはもうどうにもならない。
二百メートル近くダッシュして、私は息も絶え絶えに立ち止まった。
〈あそこにはもう戻れない。でも、だからって一体どこへ行けばいいの?〉
改めて自分の姿を確認すると、全身傷だらけで着ている服もあちこちにベタベタと血のりがついている有り様だった。
〈まるで強姦されて逃げてきたみたい〉
そんな自分に気がついて、身が縮むように恥ずかしくなった。