【前回の記事を読む】下校中、突然ぬかるんだ田んぼに突き落とされた……さっきまで笑顔で「一緒に帰ろ!」と言ってくれた彼女が、同じ人物とは思えず……
誕生から19歳、結婚まで
それから私は、ずっと考えていた。今まで私は優しいと言われることが多かったの。私の印象はいつもニコニコしている、思いやりがあって優しい……。
“優しい”って何? (いつも笑っているから?)自己主張せず相手に合わせて否定しない。(それが優しさなの?)それは違うと注意したり、たとえ嫌な空気になろうとも相手のために伝えるのなら。(……厳しく見えても、それは勇気ある本当の優しさじゃないの?)私は、嫌われないようにしてるだけ?
(……あぁ、そうか)おばあちゃんが亡くなった、あの日。お母さんが泣いているのが悲しくて。父親を早くに亡くしているお父さんが、ひとりぼっちになるのが可哀想で泣いた。おばあちゃんが死んで、いなくなるからじゃない。まるで、死んだおばあちゃんが悪いかのように……泣いたんだ。「いい子ぶってるから」……最悪だ、その通りだ。私は……、偽善者だったんだ。
自分の優しさが偽善だと気づいても、具体的にどうすればいいのかわからなかった。状況は何も変わらない。今の世の中みたいに、SNSで不特定多数の人に問いかける……なんて術はなかった。誰にも受け入れてもらえない自分……、存在理由も見つからない。
――――今でも、忘れられない光景があるの。
わりと大きな川沿いの、学校からの帰り道。川岸に揺れるススキの穂が白く開いて、夕陽をいっぱい集めてる。赤く焼けた空の下、光を纏い風に揺蕩(たゆた)うその姿は綺麗で……、とても綺麗で。……震えるくらい、寂しくなった。
「神様、……どこかにいるかもしれない神様。私はどうすればいいのですか」
思わず、そう問いかけずにはいられなかった。心をひりつかせる、焼けるような茜色の空。どこからともなく吹く風が、ススキの穂を揺らし私の頬を撫でていく。その風が、いつかどこかで誰かを包むだろう。
(…………誰か、私に気づいてくれますか)
自然が見せる美しさに圧倒されて、消えてしまいそうだった私。今でも似た光景を見ると、この時の寂しさが顔を出すの。いじめ、と言うには些(いささ)か大げさかもしれない。ケガをさせられたり、物を壊されたりしたわけではないし。昨今のいじめの実態からすれば、仲間外れ程度のものだよね。
だけど、今のようにネット環境などなく、消極的で口下手な私の繋がりといえば学校くらいで。家族とは別の、私が築き上げてきた世界。ここで孤立してしまえば、居場所なんてどこにもない……。広がったとはいえ、そのくらい私の世界はちっぽけだった。
その後、見かねた友達が彼女に話をしてくれて、いじめはなくなったの。よくある話だけど……、彼女はいじめているつもりはなかったらしい。何事もなかったかのように卒業を迎えたけれど、結局自分では何もせず……。自分を守るために弱さや優しさを纏う、そんな自分が嫌いだった。