都内有数のホテルのロビーに、仲人役の森夫人と、先方の母親、薔子母子は六時のほぼ定刻に到着した。付添いの三人は申し合わせたように品のよい和服姿で、薔子だけが若やかにスーツだった。脇坂夫人は肉付きの豊かな、おっとりとした感じの良い人だったが、しばらくすると会社から回るように言っておいた息子が遅いのでソワソワしだした。
「まったく、あの子はお見合いを何と心得ておりますのか。時間に遅れぬよう朝、厳重に注意いたしましたのに。本当に、申し訳ございません」というところから、薔子にもテキの見合いに対する考えは察せられて、須賀に別れを告げて、真剣に自分の愛の対象を探そうという殊勝な気持をいささか萎えさせていた。
『立木薔子お見合い殺し記録』更新。妹の小百合の囃す声が聞こえてきそうだ。不充分なタイトルだが、要するに相手に望まれながら薔子が断った連勝記録を言っているのである。何ら威張れるものではなく、当人にとっては悲劇だということが小百合には分かっていない。妹は姉の見合いをそんなふうにちゃかして、須賀にしておけと暗に言っているのかもしれなかった。
息子が息子なら、相手の娘もしとやかそうな顔の下でそうした思いでいるとは露知らず、脇坂夫人はやきもきしていた。
その視野に、ようやく目当ての人物が入ってきたらしく、彼女はほっと肩の力を抜いた。
「参りましたわ」
脇坂、森両夫人の視線の先に、濃紺のスーツをぴしりと身に着けた青年がいた。薔子は、見合いの相手を物欲しげにじろじろ観察するようなことは避けたが、それでも彼の歩調が体付きの敏捷な感じには似ず、ぎこちないのは分かった。その姿に、「きのう、階段から落ちたなんて申しますのよ」
脇坂夫人が弁解がちに言った。誰が先ともなく、彼を迎えて一同立ち上がった。こちらの位置を確かめた後は、彼はやや俯きがちにやって来た。脚をかばうようにも、何か考えているようにも見える様子だった。近付いて、脇坂浩介は奥の席にいる薔子に初めに目を上げた。
薔子は、びっくりして、声が上がりそうだった。一昨日、市村と名乗った男がそこにいた。その薔子の驚きを、抑えるように脇坂は目で訴えて、後は熱海の一件はおくびにも出さぬ落ち着いた挨拶であった。不承不承薔子も合わせた。冗談じゃないわ、といった気持だった。心を入れ替えた第一回目の見合いの相手が、これである。
紹介を終わった森夫人は、右にずれて、最初自分の座っていた薔子の正面の席を脇坂に譲った。年寄りたちもそこにまた座り込んで、初対面の男女の間を取り持とうとしばしの雑談を始めた。
きのう女連れで会った薔子を前に置き、目障りでもなさそうに年嵩の裕福な夫人連の相手をつとめている脇坂浩介は、どこから見ても良家の子息といったふうで、薔子は油断のならない男の昼と夜の顔のちがいを見せられる思いだ。
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