【前回の記事を読む】足の速いアキレスが亀を追い越せない――当たり前なのに誰も説明できない、時間の逆説とは
3 時間とは何か
客観時間が本来的なものになっていく過程
次に、客観時間の「今」に対して、自分の時間の「今」について考えてみよう。自分の時間の「今」には幅がある。「今ご飯を食べている」「今CDを聞いている」といった日常的な会話の中に、「今」が一つの意味(行動や現象)の塊としてとらえられていることがわかる。それは言葉の問題だろうと反論されるかもしれない。それでは単純な音楽の問題で答えてみよう。
ピアノでド・ミ・ソと音を鳴らそうとする。これは数学的には、音符ドとミとソの3音を次々に指で押すよう指示されていると考えられる。しかし、実際のドの音には幅があり、音の広がりがあり、さらに残響し、次のミと重なり合いミも残響し、次々とソの音へ重なって和音が作り上げられる。
ドで切れ、次にミが来て、それが切れて次にソがくるのではない。ドミソのつながりを一つの塊として一つの情緒として感受するのである。このように自分の時間の「今」には幅があり、一つの意味のまとまりとして、情緒のまとまりとして人は受け取るのである。
先に原始人の時間の話をしたが、これは現代でも赤ん坊が時間意識を作り上げていく過程とほぼ同じであり、むしろ子供は時計を通して時間ということを幼い時から教え込まれるので、原始人より客観時間の受け入れは早くからなされ、時計の時間こそが本当の時間と確信をするのも早いだろう。
こうして体に染みついた客観時間への確信は容易に「時間そのものがある」という確信に至るのである。
そうした時間の客観化は近代になり、時間の空間化、数学化が進むことにより確立したものである。例えば日本では、前近代には夜は妖怪や鬼が跋扈する時間として恐れられていた。また、黄昏時は逢魔時と言われ、鬼に出会う怖い時間として考えられていた。
この時代の時間は近代に考えられるような同質的でのっぺりとしたものではなく、時間によって質の異なる空間として認識されていた。
さらに江戸時代には和時計というものが考えられ、日の出から日の入りを昼として、その間を6等分して時刻を決めていた。夜はその逆になる。そうすると、昼の一刻と夜の一刻の長さが異なることになる。このように江戸時代の時間は相対的なものであったのだ。
やがて明治になり、西洋の時計や暦が導入され、時間は昼も夜も同質なものとして認識されるようになった。子供たちは学校でそのことをしっかりと教え込まれ、時間がそれ自体のもの、客観的絶対的なものとして捉えられ、過去から未来へ流れる一定の流れとしての時間という観念が確立するに至るのである。こうして時間(客観時間)は出来上がった。