食事の介助が始まる

初期認知症患者の介護は、普通の介護と異なり、はたから見ると、介護をしているように見えません。繰り返し同じ話を聞いたり、どこか行かないように気を付けたりという、一見すると、そこにいるだけのようなことです。

表面的には、介護者は何もしていないように見えるので、外部の人が介護の深刻さを理解するのが難しいのです。

家族であろうと、なかろうと、コミュニケーションの難しい人と、何十時間も何日も何年も一緒にいるというのは、拷問です。

私のように少人数で介護をしていると、自分の時間を持てないし、自分のやりたいこともできないし、自分の行きたいところにも簡単には行けません。

無実の罪で牢獄に入っているようなものです。そして、外部の人からは、私が何をやっているのか理解してもらえないのです。

母に認知症の症状が出て、12年ぐらいたった頃でしょうか。母に変化が現れました。それまでは、テーブルに食事を並べたら、自分で食べていました。しかし、食事を並べても食べないようになりました。食事の仕方を忘れてしまったのです。

箸やスプーンで口の所に持って行くと、食べてくれます。

食事の介助が始まったのです。

私が子どもの頃に見ていた時代劇では、年老いた親に食事の介助をする孝行者が出てきました。被介護者が言うのです。

「いつもすまないねぇ」介護者は答えます。

「それは言わないっていう約束でしょ」

介護が始まって12年。やっと普通の介護が始まったように感じました。この様子を見れば、通りすがりの人も、私が介護をしているというのがわかります。人から簡単に理解してもらえる立場というのは恵まれています。

時代劇では、孝行者はスーパーヒーローに救われて、幸せになるハッピーエンドです。残念ながらスーパーヒーローは現れませんでしたが、愛妻やケアマネさんやヘルパーさんに助けてもらいました。幸せにならないとなぁ。