開幕(まえがき)

本書を手に取っていただき、ありがとうございます。

『記憶は消えてしまうから~認知症の母との5110日~』(幻冬舎)の続編となります。でも、ご安心ください。この本から読んでも、話がわかるように書いてあります。それどころか、どのページの、どの章からお読みいただいても、基本的には話がわかるようになっています。

母の認知症をきっかけに、私は本書に掲載されているような短文を、友人たちに向けて、SNSで公開するようになりました。介護をしながら、できることは限られていたからです。友人たちのコメントに励まされて、こうして2冊目となる本を出版することができました。

私には、自分に文才があるのかどうかわかりませんが、私の母方の祖母は私には文才があると信じたまま、亡くなりました。

私が小学生だったある日、学校で書いた作文を祖母が読み、狂喜したのです。私は現場には居合わせませんでしたが、母からの伝聞では、祖母はこう言ったそうです。

「こんな、文章のうまい人を見たことがない。我が一族に、やっと文才のある子が生まれた!」

祖母は東京女子師範学校(現お茶の水女子大学)を卒業したインテリでした。小学校教員になったのですが、中年期、のどを痛めました。治りませんでした。大きな声を出せない先生では、小学生の相手はできません。転職して、新聞記者になりました。中日新聞、最初の女性記者です。のちに、祖母も本を出版します。

私は長いこと、祖母が私の文章を評価したのは、「祖母バカ」だろうと思っていました。

ただ、最近、祖母の本を読んで、少し、気持ちがわかったような気がしています。祖母は優等生でしたから、その生き方にも、文章にも、ふざけたところがないのです。インテリはインテリではない人の気持ちがわかりませんから、ついつい、難しい言葉を使ってしまいます。インテリにはその方が楽なのです。

私は、何にでもふざける子どもでした。どんな場面でもふざけるので、親から叱られることが多かったのです。祖母が狂喜した作文も、ふざけて書いたのです。祖母の文章に一番欠けていた部分が、孫の私の文章にあったのです。祖母にはそれが「文才」に感じられたのかもしれません。

私の最初の本も、この本も、祖母が生きている間に出版することができませんでした。祖母が生きている間、私はずっと芝居に夢中だったのです。「祖母不孝」なことをしました。

せっかく、この本を手に取ってくださったのですから、ぜひ最後までお読みいただき、私の祖母が正しかったのかどうか、ご判断ください。

認知症介護という重く、暗いテーマが根底にありますが、まぁ、少なくとも、どのエピソードにも、ふざけたところがあると、私は確信しております。