Ⅰ 母の介護の思い出で、ちょっと一息
認知症と断定される
アルツハイマー型認知症というのは、ある日、突然、なるものではありません。人間なら誰でもやるような失敗が、徐々に徐々に多くなってくるのです。この段階で専門医にかかっても、医師もはっきりとしたことが言えません。
認知症だと断定することは医師にとっても難しいし、本人にとってはもちろん、患者の家族や職場にとっても重大な出来事だからです。たいていの医者はあいまいなことを言って逃げます。
母の認知症に関して、私の体験した感じでは、遠くの人から騒ぎ出す、という感じです。取引先がおかしいと言い、仕事仲間がおかしいと言い、友達がおかしいと言い、秘書がおかしいと言い出しました。
私は同居していましたが、最後まで認知症だと思わなかったのです。母の物忘れが多いのは昔からでしたし、祖母の介護で疲れていたことも知っていたのです。一時的なものだと思っていたのです。
これを「正常性バイアス」と呼ぶそうです。一般的には、災害に用いられる言葉です。目の前で災害などが起こっても、「まだ大丈夫」「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」と思い込んでしまって避難が遅れたりする原因になるそうです。 そういう状態が2、3年続いたある日、ある医師が、「これは間違いなくアルツハイマー型認知症です」と診断しました。
驚きましたが、私はまだ、どこか楽観的でした。認知症についてあまり詳しくなかったのです。今までの仕事も芝居も続けられなくなる未来が待っているとは思わなかったのです。
まぁ、避難が遅れたと言っていいかもしれません。母は友人の多い人でしたし、私には兄もいました。誰かが助けてくれると思っていました。実は、誰も助けてくれなかったんですね。みんな先に避難していたのです。ほとんどの人が知らん顔していました。
私は逃げ遅れましたが、母の認知症とガッツリ四つに組みあって、20年かけて、ついに天寿を全うさせたのです。
逃げ遅れたことを後悔するときもありますが、おかげで母の人間関係を整理することができました。母の住所録には1500人の名前が載っていましたが、最期まで母を心配して、私に連絡をくれたのは10人もいませんでした。
その人たちを大事にして生きていこうと思います。
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