【前回の記事を読む】母を最初に「おかしい」と言ったのは取引先だった。次に職場、友達、秘書が言い始め、私は3年経ってようやく…

Ⅰ 母の介護の思い出で、ちょっと一息

最期まで信じていた

誰かが認知症になった場合、家族は最初、そのことをなかなか受け入れられません。何かの間違いではないかと思います。そして、認知症が不治の病であることを受け入れるのも難しいことです。

「どこかの有名病院の名医にかかれば、治るかもしれない」と、あがきます。我が家もそうでした。しかし、現在のところ、認知症に完全な治療法はありません。

しばらくすると、介護家族は、みなそのことを受け入れるようになるのだそうです。

ある本によると、いったん受け入れた家族は、もう、新薬の開発による回復を期待しないようになるそうです。

私もそうでした。治らないのでは仕方がありません。母は目の前にいますが、聡明な母には二度と会えないのだと理解しました。

母に認知症の診断がおりて、6年ぐらい過ぎた頃のことです。家の改築に関して父と話をしていました。私は改築にかかる費用を、母の預金から出そうと提案しました。

私たちは同居していましたし、介護のための改築ですから、合法です。しかし、父が断固拒否したのです。「そんなことして、ますみが治ったら、俺が怒られるがや!」

びっくりしました。この人は母の病気が治るかもしれないと、まだ信じていたんです。

父はその後、間もなく他界しましたが、最期の瞬間まで、母の病気が治るかもしれないと信じていたんでしょうね。

認知症の治療法が早く発見されるといいですね。