【前回の記事を読む】夜になっても“カーテンを開けっぱなし”の家…認知症の母を14年介護した私は、その意味を察してしまった……

Ⅰ 母の介護の思い出で、ちょっと一息

大事な手紙

母がアルツハイマー型認知症になって困ったことの一つは、毎日のように届く大量の郵便物の処理です。母は活動的で付き合いも広く、複数の仕事をこなしていたので、とにかくすごい数の郵便物が届いたのです。

母の税理士は、同居する私がその郵便物に対応すべきだと言いました。私はイヤだったのですが、他にできる人がいなかったので仕方がありません。

同居家族とはいえ、自分宛でない封書の封を切るというのはイヤなものです。悪いことをしているような気がしました。

段ボールに何箱分もたまった郵便物への対応を始めました。

母は学習塾を経営していたので、教材の広告が多かったです。学習塾は廃業しましたので、それらの会社に電話して、もう広告を送らないようにお願いしました。トータルで100件ぐらい電話をしたと思います。

丁寧な手書きの手紙もありました。心のこもった手紙です。こういう物は捨てられません。偉人の記念館にも、手書きの手紙が展示されていることがあります。とっておきました。

役所や金融機関からの形式ばった文章の手紙や、数字ばかり書いてある手紙もたくさんありました。心がこもっていません。私は広告の一種だと思って捨ててやりました。

あとで、税理士にめちゃくちゃ叱られました。

逆でした。

母は成功者で、その世界では有名人でしたが、記念館ができるほどの偉人ではないのです。母がアルツハイマー病になってしまったからには、手書きの手紙に緊急に対応する必要はないのです。対応すべきだったかもしれませんが、私にその時間的余裕はなかったのです。

役所や金融機関から届く手紙は認知症になっても必要なものです。これは誰かが対応しないと問題になります。

税理士に言われて、それらの手紙を再発行してもらいました。その手続きのめんどくさかったこと。

手書きの手紙。最近はもう何年も書いていませんし、受け取っていませんね。多くの人がそうだと思います。未来の偉人の記念館には手書きの手紙は展示されず、SNSやラインのやり取りが展示されているのかもしれませんね。