【前回記事を読む】港に着くと、“荷”として扱われた若い娘たちが「金」と交換され、下ろされていく…その中には、妹と歳が近いイオアンナの姿も……

【30日目/晴】

船団はイスパニアの海岸に沿って進む。ほどなく、かつてカルタヘナと呼ばれていたサラセンの港に入った。そこはさらに大きく豊かな町だった。

船長が我々に2日間の休息を与えた。交替で街に繰り出し、全員が酒と旨い料理を心ゆくまで堪能した。

私は大人に連れられて初めて娼家の門を潜った。この土地の太守も通うというその娼家はさまざまな土地から連れてこられた女がいるとのことだった。

その家に入る前に大人たちからどんなに気分が良くても、のぼせて財布の紐を緩めるなと忠告を受けていた。

夢のような時間が過ぎていった。しかし心から楽しむ気にはなれなかった。去来するのはイオアンナの面影だった。

彼女がこのような場所で多くの男たちを相手に生きていくことがないことを願った。

この地を発てば再びフランクの支配する土地に入る。そしてフランクの向こうにはかつてこの海と世界を支配していたローマがある。

私の地理と歴史の知識は、各地で乗船し下船していった幾人かの通訳たちから教えてもらったものだ。

彼らの多くは遠く離れたアレクサンドリアのアカデミーと呼ばれる場所で学び、ラテン語をはじめ複数の言語を解し、高い教養を身に付けている。

また、その土地の民族や物産や地形に精通し、特に航海には欠かせない安全な航路を熟知していた。

船長が言うには彼らの多くはローマ貴族の末裔とのことだ。西ローマ帝国が滅びた時、彼らの先祖の多くは教会に避難した。

男たちは一時的に司祭や神父になり女たちは修道院で尼僧となった。

ローマの支配層は教会の中でしぶとく生き残ったのだ。彼らは教会を隠れ蓑に妻や夫を持ち世俗の生活を享受していたが、今や教会がかつてのローマの貴族社会そのものだそうだ。

通訳たちはその状態を良しとせずに飛び出した名門貴族の跳ねっかえりというわけだ。

私も機会があればアレクサンドリアのアカデミーに行ってみたいと思う。私は彼らが大好きだ。