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正太郎にとって転機となった東部救命救急センターでのパワハラ事件には、長い伏線があった。
事の始まりは、救急搬送されてきた脳出血患者の治療をめぐる救急部内での揉め事だった。回復不能な重症の脳出血患者であったが、脳神経チームは患者の妻と息子の強い要望を受け入れ、初期治療で気管内挿管と人工呼吸器の装着を行った。
それに対して、整形外科を中心とする筋骨格チームが、無駄な延命治療につながる人工呼吸器の装着はすべきでなかったと苦言を呈したのだ。
伊能センター長から診療チーム全体のまとめ役を任じられていた正太郎は、事態の沈静化を図ろうとしたが、脳神経チームと筋骨格チームの確執はエスカレートしていった。
実は、その裏には、先の養老病院で伊能を排斥しようとして自らが失脚した加賀美副院長の私怨があった。加賀美の母校である中部医科大学の勢力が、伊能と正太郎へ意趣返しをしようとしていたのである。
この脳出血患者が脳死状態になったことで、事態はますます混迷した。患者の老いた父親が延命治療の中止を望み、最後には患者の妻、息子を含めた家族全員の総意として人工呼吸器の取り外しを強く求めてきた。
厚生労働省や救急医学会が作成したガイドラインがあるとはいえ、延命治療中止に関する法的整備が遅れている我が国では、実際の延命治療中止の判断には現場の医師に大きな負担がかかる。
脳神経チームの一員でもあり、終始患者家族に誠心誠意対応をしてきた正太郎の判断と、伊能の決断で呼吸器の取り外しが行われた。
しかし、このことがたいへんな事態を招くことになった。手順を踏んだ呼吸器の取り外しであったにもかかわらず、東部救命救急センターで安楽死が強行されたと地元の有力紙「中部報知新聞」が報じた。
確証は得られなかったが、中部医科大学勢力の悪意のある情報操作によるものであることは明らかであった。このため、救命救急センターには県警の捜査が入ることになり、正太郎たちも事情聴取を受ける事態にまでなった。
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