【前回記事を読む】「人間なんて絶対に選ばない」ゲームのアバターのように選びたい――その一言で友達は……
第一章 ラピスラズリの小さな海で
『涼月(すずつき)市人魚伝説』、ユウキの生まれ育った地上の街に昔から伝わる人魚伝説について書かれた本がふと目について手に取った。
亡くなった祖母が、幼いユウキに何度も人魚の話を語ってくれていたのを思い出したのだ。
──ばあちゃんも人魚に会ったことあるの?
──ええ、もうずっと昔の話だけど。十二歳のときに海で遊んでいたら大きな波に呑まれてしまってね。溺れた私を間一髪助けてくれたのが人魚だったの。
──本当?
──私も最初は夢だと思ったわ。周りの友達も〝幻覚でも見たんだろう〟って言うし。でも目を覚ましたときに、私の手にとても綺麗な貝殻が握らされていたのよ。ほら、これ。
そう言って祖母が古びた箱から取り出した貝殻は、見たこともないような不思議な色をしてキラキラ輝いていた。
──その貝殻って、人魚のプレゼントってこと?
──きっとそうよ。私はそう信じている
ユウキは祖母の幻想的な昔話を聴くのが大好きだったし、家の窓から臨める海を眺めながら祖母と一緒に妄想に耽ったりもした。ユウキが海洋生物に強い興味を持っているのも彼女の影響だ。
その本はもう何年も誰の手にも触れられずそこでじっとしていたようで、うっすらと埃が積もっている。
出版から四十年以上は経っているだろう、糊付けされた部分は丁寧に扱わないと綻びてしまいそうだし、全体が薄茶色になった紙は所々汚れや折り目がついている。お世辞にも綺麗とは言えない保存状態で、第一、人魚だなんて単なるおとぎ話だ。
昔はその存在を夢見ていたが、今目にしている海の底はそんなに優雅で美しいものじゃない。そもそもこんなに人間が手を入れてしまった海で人魚なんて存在できるはずがない。
それなのに今、この本に無性に目を惹かれてしまうのは……
一枚ずつ、ゆっくりとページを捲る。