・一七四三年八月某日、涼月港付近の海で荒波に巻き込まれ転覆した漁船の船員五名全員が無傷で奇跡の帰還を果たした。その際船員たちは皆口を揃えて「人魚たちが助けてくれた」と語った。その証拠とでもいうかのように、一人の船員の手には美しく輝く人魚の鱗がしっかりと握られていた。
・一八八五年春、涼月市内の南端にかつてあった星(ほし)ヶ崎(さき)海岸にて、通りかかった地元の農民が浜辺に打ち上げられた一人の人魚を発見した。水を与え、傷の手当てをし、声かけを行っていたら数分後に人魚は目を覚ました。幸い大事には至らなかったようで、助けてくれた農民に「どうもありがとう」と感謝を述べ、真珠の首輪を渡して海に帰っていった。その農民は不作に悩まされ生活もままならなかったのだが、後日その真珠を質屋に持ち込むと数十年は暮らせるほどの値がつき、「久しぶりに子どもたちに腹一杯飯を食わせられる」と泣いて喜んだそう。
どれもこれも、実話にしてはよく出来すぎている。
時折ページに挿絵として載せられている浮世絵のようなタッチの人魚も、やたら美形に描かれていて現実味がない。……でも。
「でも、もし存在するのなら……」
大きな鰭を翻し、煌めく鱗と飛び散る夜の波飛沫に月光を乱反射させる人魚の姿を思い浮かべて、すぐに掻き消した。
本を元の位置にそっと戻して、旧式の腕時計の針が午後六時を指していることを確認してユウキは図書館を後にした。
他に利用者はおらず、貸し出しと返却も全てコンピュータで済ませられるので人間の司書はエントランスの窓口に一人いるだけだ。彼女はカウンターに突っ伏して居眠りしていたようだが、ユウキが出ていく足音に目を覚まし、気怠げに身体を起こすとボタンを押してほとんど意味をなさない閉館のアナウンスを流した。
「まったく、あの子さえ来なければもっと早く閉館できるのに……」