栄蔵の虚しさは救いようもなく、このまま名主見習いを続けることは、不可能だと思った。自分が歩いて来た人生が、無くなっていくような気持ちになった。
これ以上はもう耐えられないと思い、左門に名主見習いを止めたいと相談に行った。
「ダメだ!」
と、左門は瞬時に怒鳴った。左門は思わずかっとなった。
「お前に『橘屋』の家を嗣いでもらわないといけない。それが長男の役目だ……」
と左門は力説した。栄蔵は返す言葉がなかった。
ある時、漁師たちと奉行の間で問題が起きた。
名主は間に入らねばならず、双方から話を聞き調停に動かねばならない。そこへ早速奉行所から呼び出しが来た。
「お奉行様にはご機嫌麗しく、ご尊顔を拝し奉ります……」
と栄蔵は畏まった。奉行は、
「不機嫌麗しくだ。あ奴等は碌に冥加銭(みょうがせん)も納めないくせに、要求ばかり多すぎる。桟橋を直せとか、市場を拡張しろとか。いくら金が掛かるか分かっているのか。あんな冥加銭では漁師たちの要求に応えることはできん。藩は今年貢が集まらず財政は火の車だ。それなのにこんな要求呑めるか。藩はこれまでに漁師たちのためにどれほどの事をしてやったか」
と、奉行は言いたい放題言った。
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