栄蔵の虚しさは救いようもなく、このまま名主見習いを続けることは、不可能だと思った。自分が歩いて来た人生が、無くなっていくような気持ちになった。

これ以上はもう耐えられないと思い、左門に名主見習いを止めたいと相談に行った。

「ダメだ!」

と、左門は瞬時に怒鳴った。左門は思わずかっとなった。

「お前に『橘屋』の家を嗣いでもらわないといけない。それが長男の役目だ……」

と左門は力説した。栄蔵は返す言葉がなかった。

ある時、漁師たちと奉行の間で問題が起きた。

名主は間に入らねばならず、双方から話を聞き調停に動かねばならない。そこへ早速奉行所から呼び出しが来た。

「お奉行様にはご機嫌麗しく、ご尊顔を拝し奉ります……」

と栄蔵は畏まった。奉行は、

「不機嫌麗しくだ。あ奴等は碌に冥加銭(みょうがせん)も納めないくせに、要求ばかり多すぎる。桟橋を直せとか、市場を拡張しろとか。いくら金が掛かるか分かっているのか。あんな冥加銭では漁師たちの要求に応えることはできん。藩は今年貢が集まらず財政は火の車だ。それなのにこんな要求呑めるか。藩はこれまでに漁師たちのためにどれほどの事をしてやったか」

と、奉行は言いたい放題言った。

 

👉『天上大風』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】「何も気づかなくてすみません…」彼はそう言って、彼女の唇を何度もついばんだ。だが胸が高鳴ったのは、キスのせいだけではなく……

【注目記事】2年間続いた不倫関係…飲みの席で発覚したのは、“自分はセフレでしかなかった”という事実。相手の男は他にも2人の女性と関係を持っていて…

 

ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp