二人は米五俵を買い求めて荷車に積んで馬に曳かせて、出雲崎へ帰った。

米はもちろん役にたった。しかし餓死者は多く、地べたに筵を敷いて寝ているのだが、死んでいるのか生きているのか、粥を口元に運んでも食べようとしない者もいた。それでもまだ、幼い子は生きようとする強い意志があるのか、力を出して無理をしてでも粥を啜った。

その飢えた人々の中に小作人の権太(ごんた)がいた。権太とは子供の頃いっしょに遊んだ仲間だった。

そこには弁三もいた。栄蔵は、

「権太、食べろ。食べれば力が出てくる」

と勧めたが、権太は虚ろな目をして、栄蔵を見てニタッと笑みを浮かべた。口元に粥を運んでも食べなかった。

栄蔵の心には救いようのない虚しさが襲いかかった。いったいこの日照りで何人の村人が餓死したのか、数える事も恐ろしかった。

藩からもお救い米は出してもらっているが、百姓たちを救えるほどではない。結局は侍は自分たちのことしか考えていないのだ。

栄蔵は岡場所へ行った。弁三の娘に会いたかった。

捜したがなかなか見付からない。娘は玉といった。

玉は『丸屋』という店にいた。下働きをしていた。まだ八才だ。

栄蔵は弁三の話をしようと思ったが止めにして、亡くなったことだけを伝えた。玉は泣かなかった。

「オレはここにいる。ここに居れば飯が食える」

玉は栄蔵の目を見つめて言った。

「そうか」

「大きくなったらお女郎になる」

と、言い切った。栄蔵は玉に何もしてやることができなかった。己の無力さを痛感した。

栄蔵はまた刑場の立会人をしなければならなかった。朝早く奉行所から呼び出されて、床几(しょうぎ)に腰かけていた。

そこへ罪人がおとなしく連れてこられ、ひと太刀で首が斬り落とされた。

と、その一瞬目隠しが外れ顔が見えた。

善造(ぜんぞう)だった。

善造は栄蔵たち仲間のガキ大将だった。体も大きく力もあった。

善造は何を仕出かしたのか。