【前回記事を読む】明日打ち首になる旧友に「女房と娘たちはどうした」と尋ねると……下の娘は病死、上の娘は遊郭へ。妻は首を吊っていた
若き日
「そろっと(そろそろ)御池通りだ。『百足屋』の看板が見えて来る頃だ」
と、左門はホッとした顔だったが、疲れたようだった。
「おこしやす」
と丁稚がみんな声を揃えた。
「久左衛門さんはお居ででしょうか」
「へぇ、居てはります」
と丁稚が腰を低くして答えた。
「出雲崎の橘屋山本左門と栄蔵が来たとお伝えいただけませんか」
「へぇ、かしこまりました」
二人は足を洗ってもらい、奥へ通された。久左衛門が出て来て、
「お久し振りで御座います。山本左門様、栄蔵様、今日は何んぞのご用で」
左門は、ばつが悪そうな顔をして、
「我が藩は凶作続きで米は出来ず、餓死者も出ています。年貢が納められず困っております。そこでまた十町畝を担保に千両お願いできませんでしょうか」
と頭を下げた。久左衛門は、
「へぇーそうでんなぁ、十町畝で千両は……。九百両ならご用立てできますが……」
と言葉を濁した。左門は、
「…………」
何も言えなかった。
「九百両ではちょっと苦しいです」
「ほなら、九百五十両でいかがでしょうか」
と、久左衛門は譲った。左門は、
「分かりました。ではそれで」
折り合った。栄蔵は父のそばに居て、ただ見ているだけだった。本当ならば栄蔵一人で京に来て、交渉しなければならないのに未熟であった。
「父上、このまま出雲崎へ帰るのでは申し訳なく思います。米を五、六俵京で買い込んで、荷車で運んで行きませんか。お救い米として粥にしてはいかがでしょうか」
と栄蔵は提案した。
左門も、「それはいい考えだ」と賛成してくれた。