答えは明白だ。0だ。当たり前だ。感情論として正しい。私が彼女たちの立場でも同じ顔をする。

露骨に嫌われた。

控え室での沈黙。目が合った瞬間に逸らされる視線。合同の撮影で自分の周りだけ会話が発生しない現象。私の周囲だけきれいに空白になる。これを悪口と呼ぶかどうかは人によると思うが、要するに集団的な排除だ。

やっていることは教室と変わらない。シチュエーションが変わっただけで、構造は全く同じ。大人になっても人間の群れはこれをやる。むしろ大人の方が上手い。言語化しないぶん、証拠が残らない。完全犯罪成立というわけだ。

だが、同じ構造には同じ攻略法が通用する。

虐める側に回ればいい。権力を持つ側に回ればよい。売れればよい。

それだけだ。

難しい話は何もない。群れの中で排除される側にいることを拒否する。排除する側の論理を理解して、排除する側の役割を引き受ける。中学でやった。高校でやった。この業界でもやればいいだけだ。

技術は文脈を選ばない。舞台が変わっても、人間の群れのメカニズムは変わらない。変わらないから、使える技術が変わらない。人間というのは本当に、同じゲームを飽きもせず繰り返す。

ただし虐める側に回るのにも準備がいる。

まず情報がいる。

誰が誰と仲がいいか。誰が誰に弱みを持っているか。誰が見えないところで何をしているか。この業界に入ったばかりの私に、その情報量はまだ全然足りなかった。集める手段は複数持っていた。

SNSのリサーチは言うまでもない。ネットストーカー顔負けのリサーチ能力は学生時代から築き上げたものだ。こんなしみったれた百戦錬磨があるだろうか。使えない特技というのは大体、1番使える場所で花開く。

控え室での会話の断片を拾う。それこそ、高畑の時に使ったボイスレコーダーを持ち込んで、楽屋の会話を録音した。

9割9分が犬の餌にもならないような、つまらない会話だったが、時折、使えそうなネタが出てくる。玉石混交とはまさにこのこと。人間というのは油断した瞬間に本質を喋るのかもしれない。

次回更新は8月14日(金)、16時の予定です。

 

👉『who am I』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】あの時と同じ露天風呂…でもあの時よりもずっと深く、愛しあった。「もう1回だけ」と囁かれ、湯けむりのなか重なりあって…

【注目記事】「三人でシよう」彼が同僚を連れてきて言った。私はただの遊びの女で、愛し合っていると思っていたのは私の錯覚だった…

 

ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp