【前回の記事を読む】『#家族時間』『#大切な人たち』…店に通う客のSNSを発見。妻は元アイドル、彼はテレビ業界で活躍する男だった。

8.THE WORLD IS MINE

そんなこんなで、最初の食事は駅前の中価格帯居酒屋だった。

テーブル席。開けた空間。周囲の喧噪。「偶然同じ店に来た」が成立するギリギリの曖昧さ。高畑は抜け目ない。計算して動いている。計算して動く人間は計算で返せばいいから怖くない。

怖いのは無計算な人間だ。衝動で動く馬鹿と、感情で暴れる馬鹿。そういうやつが1番予測不能で、1番めんどくさい。

「真に恐れるべきは有能な敵ではなく、無能な味方である」とはよく言ったものだ。高畑はどちらでもなかった。つまり、怖くなかった。

男は業界の話を饒舌に語った。どのプロデューサーと繋がっているか、どの番組の制作側に顔が利くか、どこの局に何人知り合いがいるか。本人は私を惹きつけているつもりなのだろう。でも私の耳には情報の羅列としか聞こえなかった。

名前が出るたびに脳内のスプレッドシートに書き込む。有用か有用でないか。それだけの分類作業だ。感動も、憧れも、羨望も、一切ない。ただのデータ収集タイム。

今までそれでなびいてきた人間がいることに驚きを隠せなかったが、今からある意味ではその一味になるということを自覚すると、なんだかどんよりしてくる。だが、それを顔に出すのは言語道断だ。今一度表情を引き締める。

「高畑さんってほんとに顔が広いんですね」

そう猫撫で声で言ってやると、男の頬が緩んだ。47年間生きてきた男が、たった一文の褒め言葉の前でこんなに素直になる。人間の承認欲求というのは本当に普遍的だ。

中学のころから何も変わっていない。変わるのは服と肩書きだけで、褒められた時の顔の崩れ方は中2と同じだ。同じ構造が30年後まで続いているという事実が、やや虚しいような、でも便利なような。