【前回の記事を読む】大学1年の秋、夜の世界に入った。ホステスの仕事では、酒より大事な能力が「会話」だった——1番重要なことは……
8.THE WORLD IS MINE
人間というのは、自分の話を聞いてくれる存在が好きだ。自分のことが好きな人が好き。そして、尚且つ話を聞いてくれる存在はもっと好き。
『ふり』と『本物』の区別がつかない人間が大多数である以上、『ふり』の方がコスパがいい。『本物』の共感はコストがかかる。『本物』の関心は疲弊する。ふりは省エネだ。SDGsな人間関係、バッテリーの持ちが全然違う。
本山優子の外面の良さが、ここでも役に立った。
本山優子という人間のほぼ全てが嫌いだが、外向きの顔の作り方だけは確かに盗んだものだ。家の中では鬼だったが、外では別人だった。
その落差を至近距離で観察し続けた十数年は、無駄じゃなかった。使える技術は出所がどこであれ使う。
感謝などしないし、街中で会ったら唾でも吐きつけてやろうと思うくらい今でも恨んでいるが。技術と感謝は別の話だ。
3ヶ月で、店の売上トップ3に入った。
収入は1ヶ月で扶養を外れるくらい稼げた。奨学金でカツカツの生活から抜け出して、毎日フードデリバリーを頼める余裕が出た。
成金もいいところだ。ぽっと出の新人がなぜ高順位なのかと陰口を叩くホステスもいたが、気にならなかった。
ここはあくまで通過点だ。このコミュニティのトップに立つ必要はない。小さい池の大きい魚で満足できるほど、私の自己承認欲求は止まることを知らない。
そんな中で1つだけ、自分に課したルールがあった。
終電が終わった後、1人で部屋に戻った時、必ず本を読む。
崇高なルールじゃない。本を読めば頭が良くなるとか、人格が磨かれるとか、そういう話じゃない。ただ、ホステスとして働いている間、私は1秒たりとも自分でいない。
客に合わせた声のトーン、客に合わせた笑い方、客に合わせた話題の選び方。全部、相手向けに設計された私だ。設計された私は、本物の私じゃない。
設計された私のまま眠ると、翌朝、本物の私がどこにあるか分からなくなる。
分からなくなることが怖いとは思わなかった。でも不便だとは思った。道具は手入れが必要だ。自分という道具の刃先が鈍ったら使い物にならない。だから砥石で研ぐように、本を読む。本を読んでいる間だけは、誰かのために読んでいるわけじゃない。設計された私ではなく、ただ活字を追う私がいる。
ふと、あの部屋の本棚を思い出すことが増えたのは、この頃からだった。
通路を作るように積まれた本の隙間に、人間が住んでいる。あの光景と今の私の習慣の間に、何か繋がりがある気がした。気がしただけで、確認はしなかった。確認すると、また扉が開く。扉を開ける気はない。
ただ本を読む。それだけだ。