20歳になったばかりの4月、ある男が個別で食事に誘ってきた。
名前は高畑。年齢は47。芸能事務所の総括部長。名刺の肩書きだけ見れば立派だ。でも肩書きが立派な中年男なんてこの国には腐るほどいる。みんな同じ顔をしている。スーツが多少よくなって、乗る車がでかくなって、それだけだ。
中身は中学生の頃から1ミリも成長していない。承認欲求の化石。虚栄心のマネキン。性欲の標本。
私がホステスとして働き始めてから半年。この男は最初から「使えそう」という印象を持っていた客のひとりだ。要するにカモ。弱みを握れそうな、そして判断能力を下半身に外注してそうな、そういうタイプ。見ればわかる。わかるから目をつけていた。
高畑が勤める事務所はキー局の制作会社と太いパイプを持っていて、タレントの出演交渉を一手に引き受けている。この男の一声で、若い俳優やタレントのキャリアが転がる。そういうポジションだ。
権力の匂いがする男というのは、権力を持っていることに酔っている。2つの意味で酔っている人間は隙だらけだ。
私生活については調査済み。妻あり、子供2人、郊外に一軒家。元アイドルの奥さんのSNSは本名で運用されていて、クリスマスには家族全員でケーキを囲む写真をご丁寧にアップしている。
お手本のような家族団らんだ。私には縁がなかった。『#家族時間』『#大切な人たち』。ハッシュタグまでついている。
これほど親切にリスクの所在地を教えてくれる人間も珍しい。地図に旗を立てて「ここを攻めてください」と書いてあるようなものだ。
最初は普通の客だった。6人組くらいで来て、適当に飲んで帰る。
でも3回目あたりから、視線が変わった。私を探している目だ。テーブルについた瞬間の顔の弛み方が分かりやすかった。分かりやすい人間は扱いやすい。これは原則だ。分かりやすい欲望は、こちらが設計しやすい欲望でもある。
誘導はシンプルだった。
難しいことは何もしていない。相手が自分で動いていると信じながら、実際にはこちらが全部設計する。それだけだ。操り人形に「あなたは自由です」と言い聞かせる技術。ホステスの仕事で1番学んだのはそこだ。
人間というのは本当に、自分が選んだと思いたい生き物なのだ。どんな局面でも。47歳の管理職でも20歳の女子大生でもその辺の中学生でも、その欲求の構造だけは変わらない。進化しない部分があるから、こちらは楽できる。
次回更新は8月9日(日)、16時の予定です。
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