【体験談を読む】「私はクレーマー?」「見知らぬおじさんと朝まで…」読者から寄せられた"つぶやき"をご紹介
忘れられない。誰かに話したい。そんな家族との思い出は、ないだろうか。
大したことではないかもしれない。嬉しいのは、大切にしているのは、自分だけかもしれない。けれど心の中に眠らせている大切な家族との記憶。きっとあなたの中にも眠っているはずだ。
ゴールドライフオンラインでは生身の人間にしか紡げない“リアルなストーリー”を募集中。
今回は、読者から届いた「家族との思い出」のエピソードをご紹介しよう。
母の卵焼きはいつもこげていた
母は、料理があまり得意ではありませんでした。
中でも卵焼きは毎回どこかしらが焦げていて、形もいびつ。子どもの頃の私は「またこげてる」とお弁当のふたを開けるたびに文句ばかり言っていました。
その母が亡くなってしばらく経った頃、自分の子どものお弁当にふと母の味を再現してみようと思い立ちました。ところが、これがどうしてもできない。何度焼いても、いびつにも、まだらにも焦げてくれず、憎らしいほどこぎれいに仕上がってしまうのです。
理由に思い当たったのはつい最近のこと。私のフライパンは、買ったばかりの新品。母のは何年も使い込まれ、あちこちに焦げつきの残ったものでした。あのいびつな焦げは、母の腕ではなく長い年月そのものが焼いていたのだと今になって思います。
だとしたら、いつか私にも作れる日が来るのかもしれません。この新しいフライパンを母と同じ時間だけ使い続けたら、その頃にはきっとうちの子が「またこげてる」と、私に文句を言っているのでしょう。
それでいいのだと思います。私は今、少しずつ母に近づいている途中なのですから。
雅さん(40代・女性)
「特別だよ」と祖父がくれたのは…
私は祖父の顔を覚えておりません。
何故なら祖父は私が5歳の時に亡くなったからです。
けれどたった一つだけ思い出せることがあります。
祖父は祖母と共に田舎で暮らしているため、私がそこに行けるのは正月やお盆など限られた時期だけでした。
ところが私が4歳の夏、出産を間近に控えた母は私を1ヶ月間祖父母に預けたのです。両親と離れることは少し寂しかったのですがなかなか会えない祖父母と過ごした日々は今となっては貴重な時間となりました。
特に今でも覚えているのが、祖父が私にチョコレートのお菓子を買ってきたことです。
当時私の両親は教育の一環として私にお菓子を一切くれませんでした。同じ幼稚園の子はみんな色々なお菓子を口にしているのに、私だけ干からびて乾ききったフルーツでした。
それを祖父が知っていたかどうか知りませんが、祖父は私に「特別だよ」とチョコレートのお菓子をプレゼントしてくれました。
生まれて初めてのお菓子。そのお菓子は何十年か前に生産中止となりましたが今でもその美味しさを忘れることができません。
ちなみに弟が生まれた後でこのことが両親にバレてしまったのですが、何故か怒られることはありませんでした。
ありがとう、おじいちゃん。
Toshiさん(40代・男性)