本山優子は愛情を持っていた。確かに持っていた。ただその愛情の向け方が、根本的に間違っていた。下手くそだった。

愛情と支配が、あの人の中で完全に融合していた。切り離せていなかった。

愛しているから管理する。管理するから正しくあらねばならない。正しくあるために外部の『間違い』を排除する。排除するために私を道具にする。

この回路が、私の人生の最初の十数年に走り続けていた。

社会を生き抜く性能に極端に振り切った人間というのが、私が今の本山優子への評価だ。生存戦略に特化しすぎて、母性という機能が欠落した。欠落というより、起動しなかった、が近いかもしれない。ハードウェアはあってもソフトウェアが走らなかった。

そんな中で、あの人の要望を全部叶えて、賢く従順に生き延びられるほど、私は出来た人間じゃなかった。

これは私の敗北じゃない。

土台が合っていなかっただけだ。

地域一の進学校であるH高校。偏差値の高い方から数えて一番。本山優子が「ここに行くべき」と言い続けた学校。

私は落ちた。

ギリギリだった。もう少し何かが違えば受かっていたかもしれない。もう1問か2問でも取れていれば合格していただろう。

でも受からなかった。受からなかったという事実は、どう言い訳しても変わらない。私はそれをフラットに受け入れた。感情的になっても点数は変わらない。

次の手を考える。地域2番手のT高校に行く。それだけのことだ。

本山優子の反応は、予想より酷かった。

「なんで落ちたの!?」

第1声がそれだった。慰めでも共感でもなく、責問だった。

「どこで間違えたの?」

「もっとやれたでしょ」

「この先どうするの?」

「T高校なんて行って将来どうなるの?」

「私がこれだけ環境を整えてあげたのに」

私がこれだけ環境を整えてあげたのに。

この一文の中に、全部入っている。

私の失敗は本山優子の損失だ。私の受験結果は本山優子の評価だ。私という人間は本山優子の所有物だ。この論理構造が、一文に凝縮されている。

私はその言葉を聞きながら、静かに何かが切れる音を聞いた。

怒りでもなかった。悲しみでもなかった。

失望そのもの。

これ以上この人には何も期待できない、という乾いた失望。感情を通り越した失望。泣く気にもなれない失望。

糸が切れた。長い時間をかけて少しずつ細くなっていた糸が、この瞬間に完全に断ち切れた。音も立てずに。

次回更新は7月23日(木)、16時の予定です。

 

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