【前回の記事を読む】スクールカーストの底辺ではなく、“ちょうどいい弱さ”を持つ子を選ぶ…いじめっ子は標的を定める時、会話中の言動やSNSの投稿をもとに……

4.アダプト

さて、ここで話は転換する。

完璧に見えた計算が、少しずつ狂い始める。

最初の異変は、些細なことだった。

席が近い男子に、「本山って洗剤なんか変なやつ使ってる?」と聞かれた。なんでもない顔で聞いていたが、内臓が冷えた。

制服の匂い。あの人が使うオリジナルの無添加洗剤。化学物質を嫌うあの人が、どこかのセミナーで仕入れてきた謎の配合の洗剤。私にはその匂いが当たり前すぎて気づかなかった。慣れっていうのは良くも悪くも意識の外で人を蝕む。

でも他人には気づく。

当然だ。

私は内側で完全に動揺しながら、「あー、うちのお母さん自然派なんだよね、ちょっと変わってて」と笑って返した。笑い話に変換した。自分から先にネタにした。先手を打った。

でもそれが有効な手かどうか、私には確信が持てなかった。

匂いというのは、記憶に残る。言葉より、映像より、ずっと深いところに刻まれる。「本山は変な匂いがする」という情報は、一度広まったら消えない。O中学での『変な家の子』ラベルが、別の経路でここに来る可能性がある。

私の作り上げた砂の城に、最初のひびが入った音がした。

2つ目の異変は、面談だった。

3年生になる前の、進路面談。あの人が学校に来た。それ自体は普通だ。問題はその後だ。

先生から聞いた話が、クラスに広まるのに1週間もかからなかった。

あの人が金切り声を上げたらしい。私の成績が思うような数字でなかったから。面談室の壁が薄かったのか、廊下まで聞こえたらしい。誰かが見ていた。誰かが話した。それだけで十分だ。情報は勝手に走る。止められない。

「本山のお母さん、ちょっとアレらしいね」

八田が私にそう言った時、その言葉の持つ温度を測った。軽蔑か、同情か、好奇心か。そのどれもが複雑にブレンドされていた。どれが一番強いかは判断しきれなかった。

「まあ、いろいろあってね」と私は返した。

これ以上の情報を与えない。でも否定もしない。否定するほど藪をつつくことになる。絶妙な曖昧さで包んで、話題の熱を下げる。それが最善手だと判断した。

でも最善手を打ったとしても、情報は残る。

「本山の母親はおかしい」という情報が、クラス内に薄く広がった。

直接言われることはない。でも空気が変わった。極端に避けられるわけではない。ただ、微妙な距離感が生まれた。ちょうど私が標的に対してやったことと似た、あの、計算された遠さ。

因果応報、というやつかもしれない。気の利いた皮肉だ。

そしてもう1つの問題が、卒業という時間軸から来ていた。

3年生の後半になると、クラスの空気が変わる。受験のプレッシャーと、もうすぐ終わるという感傷が混ざり合って、人間が少し丸くなる。いじめの鋭さが、自然と鈍くなっていく。白石への攻撃も、気づけば私の意図と関係なく収束しかけていた。

それだけではなかった。

小学校からずっと一緒だった人間たちが、最後の時間を大切にしようとし始める。共有された記憶を確認し合う。「あの時こうだったよね」という会話が増える。私にはその会話に入れる記憶がない。彼らの淡い思い出の中に、私は存在しない。

居場所が、じわじわと狭まっていく。