【前回の記事を読む】化学物質を嫌う“自然派”の母…同級生に「お前んちの洗剤、変なの使ってねえか?」と言われ、制服の異臭に気づき……

4.アダプト

因果関係というのは、たいてい後から見えるものだ。

小学校で浮いた理由。O中学で虐めが始まった理由。S中学で築いた砂の城にひびが入りかけた理由。全部を繋ぐ1本の線を辿っていくと、必ず同じ場所に行き着く。

本山優子。

私の母親にして、私の人生最初の加害者。

感情より先に計算が動く人間に私を育てたのは、本山優子自身だ。育て方の結果が、育てた本人に向かっている。因果応報にしても、少し皮肉が利きすぎている。

小学校で私が浮いた理由を、当時の私は自分のせいだと思っていた。私がうまくやれないから。私がどこか変だから。私に何かが欠けているから。子供というのは残酷なほど自責する。自分を疑うことが先に来る。環境を疑う視点は、相当な経験を積まないと育たない。

今なら全部わかる。

添加物を排除した結果できた、何の面白みもない弁当。給食に参加させてもらえない日もあった。予防接種を「毒を打ち込まれる」と言って拒否した。遠足のおやつは手作りの乾燥果物だった。ジュースを飲むことを禁じられた。誕生日ケーキは白砂糖不使用の、ケーキと呼ぶには厳しいなにかだった。

子供のコミュニティというのは、差異に対して本能的に反応する。違うものを弾く。それは悪意でも善意でもなく、ただの群れの原理だ。そして私は、ありとあらゆる細部において『違う』存在だった。

違いを作ったのは私じゃない。

本山優子だ。

O中学に進学したのも本山優子の意向だった。

中学受験。偏差値の高い学校へ。それ自体は悪いことじゃない。教育に熱心な親は世の中に無数にいる。

でも本山優子の教育熱は、私の成長のためではなかった。本山優子の正しさを証明するためだった。

私の成績は、本山優子の子育て論の実績値だった。

私が良い点数を取るたびに、あの人は自分の正しさを確認した。自然派育児が正しい、添加物を排除した食事が正しい、偏差値の高い学校に入れることが正しい。

私は証拠品だった。動く実績だった。

そしてO中学で私が虐められた時、本山優子は私の痛みより先に自分の正しさの瓦解を見た。だから助けなかった。助けるという行為が、自分の失敗を認めることに繋がるから。

弱者というのは、往々にして自分より弱い存在に対して残酷だ。

本山優子は社会から孤立していた。ママ友コミュニティで孤立していた。

普通の母親と話が合わなかった。正しさにしがみつくことで自分を保っていた。そういう人間だった。

孤立した弱者が、唯一支配できる対象に向かって力を行使する。

私がその対象だった。

これは虐待という言葉で括ってしまえば簡単かもしれない。でも単純な暴力じゃなかったから余計に質が悪い。