標的は泣かなかった。少なくとも私の前では。それが少しだけ意外だった。傷ついているのはわかった。動作の端々に、馴染みのある緊張感があった。トイレに1人で行く頻度が増えた。昼食の時間に本を出すようになった。

感傷は敵だ。共感は敵だ。

共感を持ち始めたら、私はまたO中学の本山千晴に戻る。布団の中で天井を見て、朝が来るたびに起き上がれなくなる側に戻る。それだけは絶対に嫌だった。だから切る。思考を切る。感情を切る。標的はただ標的であって、かつての私ではない。

そう自分に言い聞かせた。

言い聞かせる必要があった、ということが、既に何かを示唆していたが、私はそれを見なかった。意図的に。

自分と相手を重ね合わせて、感傷に浸ったり、同情したりする暇も余裕も性格の良さも私にはなかった。

成績は安定した。学年で1桁台を維持した。

O中学での惨敗が嘘のようだった。あちらは天井が高すぎた。最初から無理なゲームだった。こちらは適正難易度だ。努力が結果に繋がる。この感覚が、私に少し人間らしさを返してくれた。

社会的なポジションも固まった。勉強ができて、外見が整っていて、適度に愛想がよくて、変なところがない。そういう存在として、私は2年の終わりころには一定の認知を得ていた。

居場所という言葉が初めて実態を持った。どこにも得られなかった居場所が。

でも私は知っていた。これが砂の上に建てられた城だということを。計算と打算の上に築かれた虚なのだということを。

小学校からの持ち上がりが大半のこのクラスで、私は転入してきた外様だ。共有された記憶がない。積み上げてきた時間がない。表面上は馴染んでいても、地盤は薄い。

その薄さを、標的への攻撃で補おうとしていた。

共通の標的は、群れの結束を強化する。外敵を持つことで内部の結束が生まれる。それは政治でも、国家でも、中学のクラスでも変わらない普遍の原理だ。

私は原理を利用した。それだけであった。

外敵をあえて生みだすことで、私を中心とした小さな群れの結束を強化した。そしてその群れの中心にいることで、私の居場所の地盤を固めた。全部繋がっている。全部計算だ。

綺麗で醜い。この2つは案外矛盾しない。

次回更新は7月21日(火)、16時の予定です。

 

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