「大学は、資本主義社会のための教育の場であってはいけない。学生の使命は学問にあるべきなのに、ブルジョアジーの奴隷のようになりさがっている。学生はより良い就職を目指すよう仕向けられたまやかしの幸せの中、ありきたりな人生を強いられることになる。
この産学合体のシステムこそ変革されなければ、諸悪の根源はいつまでも続く。我々は、ブルジョアジーの奴隷になりさがってはいけない。小市民になりさがってはいけない。ブルジョアジーの搾取を拒絶しなければならない」
飲みながら、冗談交じりにわいわい騒いでいた。
アジトのような一つの部屋で何度も飲み、杏子のアパートに二日酔いで朝帰りする、を繰り返していた。
田中角栄による『日本列島改造論』の本が1972年に出てから、数年が経っていた。
「高校時代の友達と今度スキーに行くことにしたの」
「へー、スキーなんてしてたの?」
「初めてよ。本当はひろしと一緒に行きたかったけど」
「どこのスキー場?」
「よく知らないけど、苗場って言ってたの。往復はバスで帰りは夜行バスなんだって、一泊分お得みたい」
この頃、スキーブームが起こっていた。雪国の人の気持ちは、都会の人間にはわからない。冬の閉ざされた北日本にたくさんの人々が訪れるのは、いい列島改造になるはずだとスキー場がどんどんオープンしていた。
一方で、反体制組織が「赤軍」と称して凄惨な行動の後山中に立てこもり、最後には警察と銃撃戦の末、全員逮捕された事件が報道されていた。
学生闘争は色々な派閥がそれぞれ対立するようになっており、紛争が多発して連日のように反体制活動が報道されていた。取材のスタッフや警察関係者などが極寒の山中でカップラーメンを食べている様子が、付録のようにニュースに流されていた。
過激な反体制活動が悲惨な方向へ向かっている。その後、あちこちの反体制活動が弾圧され、少しずつ下火になりだした。