夢はないが、教養はある。

そんな簡単な言葉で説明ができてしまうのが、僕、平御幸(みゆき)という人間だ。上下で2000円に満たないスウェットに着替えて外に出る。

4月の終わり、夜明け前の空気はまだ尖っていた。7000円の中古自転車を漕ぎ出すと、睡眠不足の頭に沈黙が突き刺さる。ペダルをひと踏みするごとに節々の節くれだった痛みが脳を揺らした。

午前7時。

配達を終え、陽光を浴びながら大学へと向かう。赤門を潜れば、そこには希望に満ちた瞳で未来を語る同級生たちがいる。彼らの目は、目標を実現できるだけの光に満ちている。対して僕は、なぜ自分がここにいるのかさえ判然としない。

母が、勉強さえしていれば幸せになれると言ったから。ただその遺伝子プログラムに従っているだけのような気がして彼らの輝きが少しだけ嫉ましかった。

「御幸、おはよー」

肩を叩く音と共に机の上に焼き芋と水が置かれる。

「これ、家にあったからあげるよ」

次々に仲間たちが僕に食料を恵んでくれる。疲れた顔を悟られないよう、できる限り嬉しそうな表情を作り、僕は笑う。

金はないが、仲間はいる。

今の僕の机を見れば、誰もがそう感じるだろう。

「平くん、机にあるご飯は胃の中にいれてしまうか、カバンの中にしまおうな」

1限の教授の言葉に、教室がドッと笑いに包まれる。僕は顔を赤くして恥ずかしがるフリをする。

これが僕の朝の恒例行事だ。

仲間から恵んでもらった食料で、飢えを凌ぐように小腹を満たしながら一日の授業を終える。

ノートを閉じて荷物をまとめて学び舎を後にしようとしたその時、背後から僕を呼ぶ声がした。