一万円で君と会いたい
起 呪縛
「頑張る人は報われる。だからどんなに辛くても笑って頑張れる人になりなさい」
「勉強さえしていたら報われる。だから勉強していい大学に行き、いい会社に入りなさい」
生前、母が病院の寝床で遺してくれた言葉たち。
父が押し付けた多額の借金を背負い、朝昼はパート、夜は内職。その合間に僕たちの面倒をみてくれていた母。女性としての魅力が削げ落ちるほどに痩せ細り、見窄(みすぼ)らしくなっていくその姿は見ていられないほどだった。
母は亡くなる前日まで、教養のない自分を責め続けていた。
「若い頃、勉強さえしていれば、もっと幸せになれていたはずなのに。子供たちに苦労や心配なんて、かけないで済んだのに。……ごめんね」
その掠(かす)れた謝罪が耳の奥でリフレインし、僕は夢から覚める。深夜3時。
耳栓を抜くと、隣室の湿った咳払いと、安普請な換気扇の回転音が耳元にへばりつく。築50年、家賃28000円。結露の消えかけた窓から差し込む街灯が、剥げた畳を青白く照らしている。僕は這い出すようにして、万年床から体を起こした。せんべい布団に一晩中押し付けられていた腰が、鋭いきしみを上げる。
部屋の隅には、『大学合格』したあの日から開く必要のなくなったボロボロの参考書や問題集が積み上がっていた。
今の僕には、教養は自らの渇望で手に入れるものではなく、母の無念を晴らすために義務として詰め込んだデータの蓄積でしかない。